こころの辞典1-50

1
しこうすいにゅう
思考吹入
thought insertion
させられ体験のひとつで、他者によって考えが吹き込まれる体験。他者は強く意識されず、考えがひとりでに外から吹き込まれるという程度のこともある。思考の自己能動性または自己所属感が失われた状態である。シュナイダーによる分裂病の一級症状のひとつである。
思考内容ではなく、「吹き入れられる」点について、能動性と自己所属感を問題にしている。「変な考えが入ってくる」は中間形態であり、「変な考えが入れられる」は思考吹入である。「変な考え」は多くは他人の考えである。しかし思考内容の他者所属性は思考吹入の条件ではない。

2
思考奪取
thought withdrwal
させられ体験のひとつで、他者によって考えが抜き取られる体験。「他者」が強く意識されず、「考えが抜き取られる」とだけ訴える場合もある。さらに薄められて、「考えようと思っても考えが抜かれるんです」などと言われることもある。「考えようとしても考えられない」というだけでは思考奪取とは言えない。思考の能動性または自己所属感が失われていることが指標になる。
外からの観察としては、思考途絶と映ることもある。
思考吹入と思考奪取は思考が「入れられる」と「抜かれる」の、対照的な被動的状態を意味しているのだが、思考吹入の場合には「内容を考えた主体」と「吹き入れた主体」とについて誰かと問うことができるのに対し、思考奪取の場合には「抜き取った主体」について問うことができるだけである。微妙な非対称性がある。
したがって、思考吹入の場合には「その思考内容を考えたのは誰か」ではなく「思考を吹き入れたのは誰か」について考え、能動性と自己所属感が失われているかどうか判断するのが、思考奪取との整合性を保つためにはよいだろう。

3
させられ思考
thought alienation
させられ体験のひとつで、他者によって考えさせられる体験。思考の能動性が失われた状態である。
思考の能動性が失われ、次第に被動的になるとさせられ思考になり、その中間地点に強迫思考がある。
「考えたくないのに考えてしまう」は正常の場合もあり、支配観念や優格観念のこともある。能動性が失われ、かつ自己所属感が保たれているなら強迫思考である。
「考えたくないのに考えさせられてしまう」はさせられ思考である。
させられ思考の場合、思考の内容は自分に属している。考えるか考えないか、何を考えるかの判断について、能動性が失われ被動的になっている。つまり、思考開始と停止・話題選択のボタンを他人に操作されている状態。

4
      考える主体   操作内容と操作する主体
思考吹入    他人    他人の思考内容を他人が吹き入れる
思考奪取    自分    自分の思考内容を他人が抜き取る
させられ思考  自分    自分の思考の話題の選択や開始・停止を他人が決める

5
精神療法依存
精神療法なしでは生きていけない状態。気に入ってもらったのは嬉しいのだが、一人立ちできないようでは治療としては失敗である。不可避の場合もあるが、治療者の側にも問題があることがある。

6
憑き物(つきもの)体験
phonomenon of possession
=憑依体験
神仏、悪霊や動物がのりうつり、患者に思考させたり行動させたりする状態。狐つきなどという。心因性精神病で見られるが、精神分裂病でも観察される。
シャーマニズム的文化、被暗示性の高い性格などが背景にあって成立する祈祷性精神病では、宗教儀式の間に憑き物状態となる。

7
思考伝播
broadcasting of thought,diffusion of thought
=考想伝播
自分の考えが外に漏れ出て他人に知られてしまっていると思う妄想。シュナイダーによる分裂病の一級症状のひとつ。自我境界があいまいになり自分の内側のものが外に漏れ出る自我漏洩のひとつである。

8
自我境界の障害
外から内へ→影響症候群(幻聴、させられ体験など)
内から外へ→自我漏洩

9
幻聴は、自己の能動性の喪失、自己所属感の喪失である。つまり、させられ体験のひとつである。

10
情動
emotion
身体変化を伴うこともある感情。涙を流すなど、生理的な変化を伴うことがある。

11
感情
feeling,affect
気持ちをあらわす一般的な言葉。

12
気分
mood,Stimmung
精神の背景にあり、長く持続する感情の状態。

13
抑うつ気分
depression
ゆううつでおっくう、ときにイライラと不安を含む。やる気が出ない、気分が沈む、いやなことばかり思い出す。

14
感情鈍麻
flattening of affect,Gefu”hlsabstumpfung
精神分裂病の慢性期に見られる、感受性の鈍麻した状態。外界に対する感受性が鈍くなり、対人場面での感情交流が平板になる。分裂病ではまた不関性や冷淡とも表現される。離人症の場合の現実感喪失や実感喪失はについては感情鈍麻という言葉は使わない。

15
情動麻痺
Emotinsla”hmung
激しい情動興奮により、知情意の各側面で精神機能が麻痺すること。動物が危機のときに死んだふりで切り抜けることと似ているかもしれない。

16
しかめ顔
grimace,Grimassieren
精神分裂病で観察される表情のひとつで古典的。状況にそぐわず、持続的にしかめ顔をしたり、ひそめ眉、とがり口などを伴うこともある。外来クリニックではあまり出会わないように思う。

17
ひそめ眉
Gesichtsshneiden
精神分裂病で観察される表情のひとつで古典的。状況にそぐわず、持続的に眉をしかめる動作。原因は不明。近眼の人が眉をしかめて視力を一時的に得ようとする場合は別である。

18
とがり口
snout
Schnauzkrampf
精神分裂病で観察される表情のひとつで古典的。なぜ口をとがらせたままでいるのかは分からない。

19
プレコックス感
praecox feeling,Praecoxgefu”hl
昔、精神分裂病を早発生痴呆(dementia praecox)と呼んでいたが、そのpraecoxに由来する言葉で、分裂病患者と会っているときに、面接者の心にわき起こる特有の感じのこと。分裂病感と言ってもいいし、分裂病臭さや分裂病らしさと言ってもいい。この直感的な感じは多くの精神科医に共有されていると考えられる。
それが何であるかを客観的に明らかにするのが診断学であるのに、こうした直感的な言葉が残っており、しかもなお有用であるところに、精神医学の著しい特質がある。それは前近代的だということではなく、身体医学との方法論の違いである。患者は対人接触本能に障害があるため、面接者は患者と会うと対人場面での異質性を感じさせられ困惑するのだとかつて説明された。いわば面接者の心がリトマス試験紙のように働いているわけである。この場合の「感じ」とは、単なる表層の印象というものではなく、人間の本来的な深い能力を発揮している「直観」と考えられる(とりあえず「印象」と「直観」という言葉で対比させるとこのような表現になる)。対人接触本能と言われたものは、別の言葉で言えば、集団機能、対人機能とでも言うべきものである。このような側面を客観的な測定で代用することはまだ可能になっていない。したがってこのような意味での「直観診断」が非常に重要であるが、そのことが単なる「印象診断」とならないよう注意が必要である。

20
前景症状について
・前景に現れた症状について、代表的なものを取り上げた。患者の症状について正確に記述することが大切で必須であるが、おおよその見当をつけるには、以下のような類型で十分なことが多い。
・どれかひとつにあてはまるわけではない。組み合わせて表現することが必要な場合もある。
・たとえば、躁状態うつ状態は反対であるが、躁うつ混合状態もある。これは精神機能のある面ではうつ状態で、別のある面では躁状態というように混合した状態である。うつから躁への変化のタイミングは各精神機能ごとに異なることがあるからである。

21
不安状態
anxiety state,Angstzustand
不安が強く頻回に現れる状態。不安発作またはパニック発作は、不安の他に動悸、汗、呼吸亢進、血圧上昇、手指のふるえ、めまい、ふらつき、吐き気などの身体症状を伴う。不安の内容としては、パニックや恐怖といった強度のものから、漠然とした不安まである。もう死んでしまうのではないか、発狂してしまうのではないか、自分で自分をコントロールできなくなってしまうのではないかなどと真剣に思うほど苦しいこともある。
抗不安薬はこの状態によく効く。一般に、クリニックを訪れる人はどのような系統の悩みであるにせよ、不安をかかえていると考えて間違いないので、抗不安薬は役に立つことが多い。
自分ではコントロールできない不安が押し寄せてきて、それは自己所属性を保っているので、強迫性障害に似る。しかし不安が生じること自体を「不合理」とか「ばかばかしい」と感じていないことが多く、その場合には強迫性障害とは異なる構造を持っている。

22
心気状態
hypochondriacal state
理由なく過度に身体状態にこだわり病気ではないかと心配する状態。身体は全く健康のこともあるが、多少の不調を実際に抱えていることも多い。しかし実際の不調に比べて過度に心配する。内科その他身体科での診察では「心配ない、気にしすぎだ」と言われて精神科神経科に紹介される。「自分でもばかばかしいと思うが、どうしても気になってしまう」という場合には強迫症の構造をとる。しかしたいていの場合は「ばかばかしい、不合理だ」とは思わないようである。疾病恐怖は「病気になったらどうしよう」と恐怖するものであり、心気状態は「病気になったしまったらしい、どうしよう」と悩むものである。病気に違いないと確信し、訂正不可能にまで至れば、心気妄想である。
セネストパチー(体感異常症)は心気状態や心気妄想と重なる部分がある。体感の異常を取り上げて名付けるか、そのことについての悩み方の特徴を取り上げて名付けるかの違いである。

23
強迫症候群
強迫の内容が恐怖なら、恐怖症。不安も同じ。「不合理」と思っていない場合には、強迫の構造を持っていないことになる。

24
離人症候群

25
躁状態
manic state
うつ状態の逆である。気分は高揚し爽快となり、なんでもないものを見ても感動して楽しい。思考面では思考奔逸がみられ、意欲は亢進する。しかし全体にまとまりがなく、注意は散漫で持続しない。目に付いたもの、耳に飛び込んだ音に引きずられてしまう傾向がある。自己評価は理由なく肥大し(ego expansive)、ときに誇大妄想にまで至る。自分には特別な才能があると信じたりする。
行動面では、多弁多動、たくさんの買い物をして浪費したり、ギャンブルに金をつぎ込んだり、電話をたくさんかけたり、性的逸脱が見られたり、興奮しやすく暴力的になったりと問題が多い。たいてい自分勝手である。夜も眠らず活動を続けることもある。
躁状態での問題点は大きくいえば社会的信用を失うことである。借金が残る、仕事上の信用を失う、異性にだらしないと評価されるなど。あとになって本人は大いに反省するが、あとの祭りである。
躁うつ病の他にステロイド使用時の躁状態が有名である。
躁状態は脳にダメージを残すのかどうかが興味ある問題であるが、長期経過を見ると、反復する躁うつ状態は脳神経細胞になにがしかのダメージを残す印象がある。従って、リチウム剤やカルバマゼピンなどを用いつつ、再発予防に努めることが大切である。

26
うつ状態
depressive state
躁状態の逆である。抑うつと同じ。精神症状としては、ゆううつ、悲しい、おっくう、やる気が出ない、頭が働かない、考えが堂々めぐり、集中困難、仕事の能率が落ちた、悪いことばかり考える、自分には価値がない、不安、イライラ、決断不能、自責ときに他責、怒りっぽい、死にたい、消えてなくなりたいなど。身体症状としては、不眠、食欲不振、性欲減退、頭痛、肩こり、その他多種の自律神経症状などがある。ときに貧困妄想、罪責妄想、心気妄想などの妄想を伴うことがある。
簡単にまとめるときには、「ゆううつ、おっくう、不安・イライラ」が三大精神症状であるとする。
躁うつ病にみられるのはもちろんであるが、分裂病に際しても見られ、シュナイダーは分裂病の二級症状としてあげている。また神経症レベルの状態にも、境界レベルの病態の際にも見られる。結局、症状そのものとしては疾患特異性のないものである。しかしうつ状態の中でも、シュナイダーが提唱したように、「生機(または生気)抑うつ」(vital depression,vitale depression)は内因性うつ病に疾患特異性がある。vitaleな抑うつは、ただ単に気分だけではなくて、体全体が抑うつに苦しんでいる印象で、胸がふさがり、心臓は押し潰されそうで、身体化された抑うつと言うべきようなものである。ただ、このような特有のうつがあれば内因性うつ病を考えるが、なくても内因性うつ病のことは多い。

27
幻覚妄想状態
幻覚や妄想が前景にある状態で、精神分裂病の陽性症状が典型である。アルコール症や老人性痴呆の場合にも見られる。

28
意識障害状態
意識障害の程度に応じて、せん妄状態やもうろう状態などがある。幻覚妄想があるときに意識障害が同時にあるかどうか、痴呆症状があるときに意識障害が同時にあるかどうか、夜間不穏になる場合にも意識障害によるものではないかどうか、問題になる。

29
食行動異常状態
不食と大食を中心とし、隠れて大食する、決まったものばかり食べる、大食後のむりやりの嘔吐や大量下剤による下痢など、食行動にまつわる異常状態である。背景病理としては分裂病うつ病、学校や職場への適応障害神経症、青少年の発達途上の一時的障害など、多様な病態が考えられる。重症の場合には命にかかわり、軽症の場合にもいろいろな後遺症を残す可能性があると指摘されている。

30
思考促迫
forced thinking,Gedankendra”ngen
考えが次々に浮かび、抑えようとしても抑えられずまとまりがない状態。自生思考に近いが、もっとまとまりがない。

31
自生思考
autochthones Denken
=自生観念 autochthone Idee
chthonは「土地、土壌、土着の」。思考について自己能動性が失われ、考え自体がひとりでに生まれ出るようす。または、いま自分が考えようとしていることとは別の思考が、割り込むようにひとりでに浮かんでくること。前者では思考に関しての自己能動性の障害の観点で考えられている。後者では、背景思考の前景化の意味を込めている。私の考えでは、一種の自動症、軽度の自我障害。自己能動性が軽度に損なわれている状態であり、さらに損なわれると、被動性・他律性が強まり、させられ体験になるが、そこまでは至っていない。
精神分裂病の成立を考察するに際して重要である。

32
制縛神経症
anancastic neurosis
anancastic,Anankastは「強制」の意。強迫神経症と恐怖症の間に移行を認め、両者を一括した名称。やめようと思っても、抑えようと思っても、どうしようもない状態を含んでいる。しかし観念や感情は自己に所属している。

33
うつ状態のチェック
うつ状態の評価尺度としては、SDS(ツングZung自己評価うつ病尺度)などが有用である。これは20項目からなり、抑うつ気分、日内変動、涙もろさ、睡眠障害、食欲不振、性欲減退、体重減少、便秘、動悸、疲労感、困惑、意欲減退、精神運動興奮、絶望、焦燥、決断困難、自己過小評価、空虚感、自殺念慮、不満を患者自身がチェックする。日常の診察では、性欲についてはいかにも翻訳調で問題があるように感じられる。
ほかにはハミルトンうつ状態評価尺度がある。これは観察者が記入するものである。
また、笠原が外来診察に用いて有用であるとして紹介しているものがある。
1)朝いつもより早く目が覚める
2)朝起きたとき陰気な気分がする
3)朝いつものように新聞やテレビを見る気になれない
4)服装や身だしなみにいつものように関心がない
5)仕事に取りかかる気になかなかならない
6)仕事に取りかかっても根気がない
7)決断がなかなかつかない
8)いつものように気軽に人に会う気にならない
9)なんとなく不安でイライラする
10)これから先やっていく自信がない
11)「いっそのこと、この世から消えてしまいたい」と思うことがよくある
12)テレビがいつものように面白くない
13)淋しいので誰かにそばにいてほしい、と思うことがよくある
14)涙ぐむことがよくある
15)夕方になると気分がらくになる
16)頭が重かったり痛んだりする
17)性欲が最近はおちた
18)食欲も最近おちいてる

また、診察室での簡便なチェックに「sig E caps」がある。うつにはEnergyのカプセルを処方しろと覚える。
s sleep
i interest
g guilty
e energy
c caution
a appetite
p psychomotor retardation
s suicidal idea

34
更年期障害
女性の更年期に、内部ホルモン環境の変化に伴い、自律神経症状を中心とするさまざまな症状に悩まされることがある。それらを更年期症状と総称している。症状形成にはホルモンだけではなく、一部は性格要因により、生活上の様々な要素が関連して、一部は環境要因による。
自律神経症状が前景にあれば自律神経失調症と診断するし、背景にうつ状態があることが分かれば、うつ状態と診断して治療することもある。薬剤は抗不安薬抗うつ剤、自律神経調整剤、漢方薬などを症状・病態に応じて用いる。また、エストロゲン欠乏症状として見立てた方がよい場合には更年期障害として、微量のホルモン補充療法を施したりもする。診断に際してはクッパーマン指数が役立つ。チェック項目は17からなる。
1)顔が熱くなる(ほてる)
2)汗をかきやすい
3)腰や手足が冷える
4)息切れがする
5)手足がしびれる
6)手足の感覚が鈍い
7)夜なかなかねつかれない
8)夜眠ってもすぐ目を覚ましやすい
9)興奮しやすい
10)神経質である
11)つまらないことにくよくよする(ゆううつになることが多い)
12)めまいやはきけがある
13)疲れやすい
14)肩こり・腰痛・手足の節々の痛みがある
15)頭が痛い
16)心臓の動悸がある
17)皮膚をアリがはうような感じがする

35
妄想の形式と内容
妄想について形式で分類すると、以下のようなものがある。妄想知覚、妄想着想、妄想気分、妄想追想。また、内容で分類すると、以下のようなものがある。被害(迫害)妄想、関係妄想、注察妄想、誇大妄想、血統妄想、恋愛妄想、嫉妬妄想、つきもの妄想、変身妄想、貧困妄想、罪業妄想、心気妄想など。

36
妄想知覚
delusional perception,Wahnwahrnehmung
言葉の印象から誤解を招きやすいのだが、正常に知覚したものについて、妄想を抱くことである。たとえば、玄関にいる黒い犬を見て(正常な知覚)、誰かが自分を迫害していると確信する(妄想)場合などである。対象の知覚には問題がなく、それに対する意味付けが異常である。この体験は対象の知覚と意味付けという二分節からなるものであるとシュナイダーは指摘し、精神分裂病の一級症状のひとつとしている。

37
妄想着想
delusional intuition,autochthonous idea,Wahneinfall
特にきっかけなく突然に、「自分は迫害されている」「自分は神だ」などと着想し確信するもの。シュナイダーは、妄想知覚が二分節性であるのに対して、妄想着想は一分節性であるゆえに精神分裂病の二級症状のひとつとしている。

38
妄想追想
Wahnerinnerung
正しい過去の記憶に妄想的な意味付けがなされる場合と、過去になかったことが妄想的に着想される場合と、両方を含めて呼んでいる。記憶は正しいが、意味付けは妄想的という場合には二節性である。記憶自体が妄想的に生み出される場合は一節性であると考えられる

39
妄想気分
delusional mood,Wahnstimmung
分裂病で、周囲や自分自身について、不気味・異様・ただごとではないと感じられ、ものごとは新たな意味を帯び、いまにも何かが起きそうだと感じられる状態。「確かに見慣れた街並みのはずなのに、自動車で走っていくと、いまにも何か起きそうな異様な雰囲気がはっきり分かった。何かが変わってしまっていた。」などと語る。不安、恐怖、困惑に支配された気分である。世界没落体験(Weltuntergangserlebnis)や世界破滅感に発展することがある。妄想の場合は確信している内容が当然あるわけであるが、妄想気分では内容がなく、しかしいまにも妄想の内容にふさわしいような異様な事態が起こりそうだという気分である。妄想の前段階であることもあると言われる。

40
思考奔逸
flight of idea,Ideenflucht
=観念奔逸
躁状態のときに見られる思考異常で、話題がそれながら素早く進行すること。思考が軽はずみに速くなりしかもときに注意転導亢進がみられるため、話の流れを追うことが難しくなる。常識的な連想の輪が1→2→3→4→5と進むとすると、思考奔逸では1→5となってしまう。これに語呂合わせが混じったり、遠くの看護婦や他患者、院内放送の言葉につられて思考が逸れたりするので、ちんぷんかんぷんとなる。しかし、分裂病性の滅裂思考とは区別して考えられている。分裂病性の滅裂思考の場合には1→Dと常識的には無関係のDが突然結合される。分裂病では観念の関連の仕方が崩れているのに対して、躁状態の場合には観念の関連の仕方は保たれており常識の範囲内にあるが、途中が飛ばされるので理解しにくくなる。一応、考え方としては以上のようになるのだが、このように理屈通りに目に映るわけではない。「全然わかんない」というのが素直な印象であるが、全体の気分が躁であり、多弁となり、深みに欠け、また思考内容も誇大的、多幸的、攻撃的になるので、分裂病性の滅裂思考との区別は容易である。

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思考制止
retardation of idea,Denkhemmung
思考にブレーキがかかった状態。うつ状態で見られる。思考奔逸の逆の状態である。老年者の場合には思考制止が痴呆と見間違えられる場合がある。うつに伴う思考制止は治療可能なので、鑑別診断が大切である。

42
滅裂思考
desultoly thought,zerfahrenes Denken
=思路の弛緩 loosening of thinking,Lockerung des Denken、支離滅裂Zerfahrenheit、連合弛緩 loosening of association,Assoziationslockerung
分裂病で見られる思考障害で、常識では1→2→3と関連しているのに、1→Dと常識的には無関係のDが突然結合される。分裂病では観念の関連の仕方が崩れているのでこのようなことが起こると考えられる。滅裂思考を呈する人に絵を描いてもらうと、木の根本から人の足がはえていたりする。「木」と「人の足」の関連の仕方が崩れている。

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言葉のサラダ
Wortsalad
分裂病で、支離滅裂がさらに進行し、文法的構造も失い、単語の羅列に近くなった状態。

44
思考途絶
blocking of thought,Denksperrung
分裂病で考えがぷつりと途切れてしまう状態。考えが抜き取られたので何も考えがないんですと言ったりする。絵を描いてもらうと、山も川も木も、関連なくただ独立して存在しているような絵ができる。

45
迂遠思考
circumstantiality,umsta”ndliches Denken
まわりくどい思考。診察室ではしばしば出会う。教科書にはてんかん患者などに典型と書かれているが、軽度の知能障害者にも見られ、その方が出会う頻度は高いように思う。患者さんだけではなくて患者さんの家族にも観察される。特にどの疾患に特徴的ということではない。診察室での迂遠な態度は治療への抵抗の場合もあり、またある種の性格障害の場合もあり、痴呆患者の場合にも見られる。言葉の厳密な定義は「てんかん患者の粘着気質を背景とした場合の、話題の本質に関係のない枝葉ばかりが詳しく、袋小路をさまよい歩く思考様式」といったあたりであろうが、一般にはもうすこし広い意味で用いているようである。

46
思考の保続
perseveration
ひとつの考えにとどまり続けて次の考えに移ることができない状態。老年期痴呆などの場合に見られる。単に保続(これも perseveration)と言えば脳器質性疾患で言葉または行動について、話題が変わっても同じ言葉を繰り返したり、状況が変わっても同じ動作を繰り返したりすることを意味する。この現象についての内省的な言葉はあまり聞いたことがないので、自分でもおかしいと思いながらやめられないのかどうかなどについては不明。

47
恐怖症
phobia
現在クリニックで出会う恐怖症は対人恐怖、電車恐怖と不潔恐怖が多いように感じる。何々恐怖症と名付けるときはその症状の構造まで考えているわけではなくて、ただ単に何々が怖いから、何々が苦手だからという言葉を手がかりにしているだけのことが多いだろう。
恐怖の対象物・状況が本当に実際の恐怖に値するものであれば、精神科に来て相談しようとは思わないはずだろう。やはり実際にはそれほど恐怖に値するものではないはずだと自分自身承知していながら、どうしても苦手でやりきれず不安が高まる状態で、これは自分の心の問題なのだと感じている。
不合理と自覚しつつ、どうしても恐怖がわき起こるという側面からは恐怖症と同じ構造である。実際、不潔恐怖は手洗い強迫と結びつくことがある。
疾病恐怖の場合には心気症から心気妄想にまで至ることがある。
対人恐怖の場合には、赤面恐怖のようなものもあれば、自分の何か不快な側面が他人を傷つけて迷惑をかけていると確信する加害妄想まで、内容は様々である。重症対人恐怖症と分類しているものの中には、思春期妄想症や分裂病の始まりの場合などが含まれている。
このように強迫症の構造から妄想の構造までを含むものであり、症状の構造からの分類ではなく、ある特定のものや場面が苦手だという患者の言葉によって名付けている症状である。
臨床の用語とは言えないが、高所恐怖症では、高い場所を危険だと思うのは当然のことで、必要なことでもある。このように不合理とは考えられないものにまで恐怖症と名付ける場合がある。
男性恐怖症という場合には、患者さんの意味しているものが病的な恐怖なのかどうか、吟味が必要である。

48
電車恐怖症→再検討
都会ではかなり多くの人が悩んでいる。多くの人は「電車に乗ることなんか何でもないはずなのに、そんなものを恐怖するなんて不合理だ」とは思っていないようだ。高所恐怖症に似ていて、
電車に乗っていると動悸、吐き気、むかつき、過呼吸、息苦しさなどの身体症状に加えて、どうしようもない不安がこみ上げてくる。
各駅停車はいいが急行は苦手。地上線はいいが地下鉄はだめ。空いていればいいが満員電車はダメ。電車はだめだがタクシーはいい。
自分が具合が悪くなったとき、すぐに止めてもらえる乗り物ならば大丈夫という人もいる。誰か知り合いと一緒なら乗っていられることもある。アルコールを飲まないと電車に乗ることができない人もいる。
原因は様々である。会社恐怖や家庭恐怖の別の表現であることがある。
電車に乗れないので行動が制限される、だから好きなことができないと悩みを語りつつ、自分の本当の問題は家庭を持てないことなのだと洞察している女性もいる。
上記二者は置き換えが起こっている。
揺れが苦手で吐き気がする人もいる。しかし耳鼻科や内科の検査では異常はない。

49
広場恐怖   →再考
agoraphobia
=空間恐怖
agoraを広場ととりあえず訳しているが、「場所」という意味で考えた方がよい。
初めて報告した人の症例は、自宅から遠く離れた「大通り」や慣れない「繁華な場所」で不安発作に襲われた。古代ギリシャのagoraは集落の真ん中にある広場で、公共の集会所でもあり、市場の立つ場所でもあった。英語ではmarket。それは日本語では広場でも空間でもない。強いて限定すれば、「自宅以外の公共の場所」という意味あいのようである。
実体を考えてみると、本当に広場が怖いという場合もあるだろうが、人混みが怖いという場合、また、特定の場所が怖いという場合、外出恐怖、遠出恐怖、街路恐怖、乗物恐怖、独りきりになる恐怖などまで広く含む。ときには閉所恐怖をも含むなど、広場恐怖の言葉から出発する初心者には意味不明である。
要するに不安発作が出る状況が「場所」に関係しているかどうかということになる。個々の例で「場所」に関係しているかどうかは、実際はあいまいで、各々のクリエイティブな解釈にまかせられているようである。
しかしながら、DSMではパニックディスオーダーの診断に際してアゴラフォビアの有無が問題になる。その内容は、「パニック発作が起こったときに逃げることができないまたは助けが得られないような場所や状況を恐怖する」「その結果、外出は制限され、独りで外出できない」「たとえば家の外に独りでいる、混雑の中にいる、順番待ちの列の中に立つ、橋の上にいる、バス・列車・車で旅をするなどの状況」と説明されている。
症例に即して考えてみると、患者はそれぞれの場所について、安全か危険かはっきり区別しているようである。自宅は安全、自宅まですぐに帰ってこられる場所なら安全、信号を渡ると赤ならすぐには帰ってこられないので危険。しかし横断歩道を渡りきったところにクリニックを見つけ、不安発作が起きたらそこに駆け込めばいいと考えたら、横断歩道の先もしばらくは安全。ひとりだと危険だが誰かと一緒なら安全。自宅にいるときも、30分以上ひとりでいるのは危険。急行電車はしばらく停まらないから、不安発作が起こったときのことを考えると危険。各駅停車なら、我慢できるかも知れない。地下鉄は、理由が分からないが危険。タクシーはすぐに停めてもらえるので安全。
安全領域と危険領域が区別されている。患者は特に不合理とも思っていないようである。

50
強迫症
手洗い強迫と言われる場合でもいろいろある。典型的に「もうきれいになっていることは自分にも分かっている。それなのにどうしてもやめられなくて十回繰り返さないと落ち着かない。」と不合理の自覚、儀式の付随などが観察される場合もある。一方では、「洗っても洗っても汚い。棚に置こうとすると汚れてしまう。だから洗い続ける。」という場合は妄想の構造である。また、「きれいになったかどうか自信が持てなくて何回も洗う。そばにいる人がもうきれいになったよと言ってくれれば安心できる。」というような自信欠乏者の場合もある。
強迫症と名付けてよいのは、「不合理と自覚していながらやめられない」構造を持つものに対してである。その他の理由で反復行為をしているものについては厳密には強迫症と言ってはならないのだが、内的構造は二の次にして、行為の外形だけを見て名付けている場合もある。内的構造の分析もいつも完全にできるわけでもないし、分類しようとしてもあいまいな場合もあり、中間型のような印象を受ける場合もある。たとえば不合理の自覚についても一貫して不合理と思っているのでもない例もある。