こころの辞典301-400

301
運動失調
ataxia
多くの筋肉を協調して働かせることができなくなる状態。特に、伸筋と屈筋の協調が失われる場合があげられる。手のひらを表裏とすばやく動かす運動や、人差し指を膝と鼻の間で往復させる運動によりテストする。

302
エアマットレス
alternative pressure pad
褥瘡を防ぐために有効なマットレス。体圧の分散、湿度コントロールなどにより 褥瘡予防ができる。

303
遠隔記憶
remote memory
【参照】近接記憶
昔から覚えている古い記憶。自分の生年月日、一年は365日など。痴呆症の場合の記憶障害は、主に近接記憶が失われるものであって、遠隔記憶は保たれることが多い。

304
嚥下障害
difficulty in swallowing
食事を飲み込むことが困難になること。老年期痴呆で嚥下障害がみられるようになると家庭での介護は限界に近い。

305
オリーブ核・橋・小脳萎縮症
olivopontocerebellar atrophy
脊髄小脳変性症の一型で、主に下オリーブ核、橋、小脳に強い変性を生じる。40〜50歳代に始まり、徐々に進行する。小脳症状として運動失調や構音障害がみられ、パーキンソン症状群のような錐体外路症状、自律神経症状、病的反射などが観察される。パーキンソン症候群が考えられる場合に鑑別が必要である。

306
開口障害
disturbance of opening mouth
顎関節症、リウマチ、瘢痕化などの場合がある。老年者では歯の具合、不適合な義歯、関節異常、精神的原因などにより起こる。老人の場合、トレーニングをしてやや回復する場合もある。

307
かいば
海馬
hippocampus
大脳辺縁系に属し、記憶機能に関連しているとみられている部分。アルツハイマー病では著明な変化をみる。Hippocamposとは、ギリシャ神話に出てくる、馬の胴に魚の尾の怪物で、海馬と翻訳する。その前脚を連想しての命名だという。初心者には何のことだか全く実感が湧かない。海馬の、側脳室に突出した部分を海馬足といい、アンモン角ともいう。Ammonはエジプトの太陽神で、その頭部を連想しての命名であるというが、こちらも異文化の架空のもので初学の者には全く見当がつかない。星座の名を学ぶときに似ている。すぐ忘れるのが当たり前で、記憶障害ではない。
「竜の落とし子」

308
灰白質脳症
poliencephalopathy
灰白質に主病変が存在する病気を総称する言葉であるが、亜急性初老期灰白質脳症が歴史的に有名である。現在はクロイツフェルト・ヤコブ病のひとつととらえられている。

309
片麻痺リハビリテーション
rehabilitation for hemiplegia
脳血管障害などによる片麻痺リハビリテーション神経細胞が傷害された場合の機能再建のよいモデルとなる。ジャクソニズムの原則から、より下位の機能から再建を開始し、より上位の機能回復に至るよう、プログラムを組む。おおむねは体の中心に近い筋肉の運動から始めて、しだいに遠位部の運動の取り組めばよい。これと同様の原則を精神機能の再建にも応用したいが、容易ではない。なお、片麻痺リハビリテーション中にうつ状態が起こりやすいことが指摘されている。その原因として脳の器質的損傷によるうつ状態がまず考えられる。さらに、身体機能が失われたという喪失体験への反応としてのうつ、また、仕事ができなくなるなど今後の生活を考えてのうつ等、心理的な要因も重なっているようである。

310
寡動
bradykinesia(hypokinesia)
随意運動に際して、動作開始や動作自体に要する時間が延長した状態で、錐体外路症状のひとつ。動作が緩慢になる。パーキンソン症候群では、振戦、固縮、寡動が三大症状である。

311
仮面うつ病
masked depression
うつ病の症状にはおっくう、ゆううつ、いらいら、不安などの精神症状と、不眠、食欲減退、便秘、めまい、痛み、肩こり、各種自律神経症状などの身体症状がある。うつ病の中には精神症状は前景に立たず、身体症状のみが訴えられるタイプのものがあり、仮面うつ病と呼ぶ。注意深い生活歴・病前性格・現病歴の聴取の上で診断され、抗うつ薬抗不安薬が役立つ。精神症状は仮面で隠して、一般的な自律神経症状などで装っているという意味あいである。

312
肝性昏睡
hepatic coma
肝硬変、劇症肝炎、亜急性肝炎でみられることのある意識障害。血中アンモニアを肝臓が処理できなくなり、血中芳香族アミノ酸が増加し脳組織内に移行することから意識障害が起こると考えられている。芳香族アミノ酸代謝産物の一部がノルアドレナリンの代わりに偽神経伝達物質として振る舞うのだという。神経伝達物質の働きを考える上で興味深い。当然であるが、入院治療が必要である。

313
癌性小脳変性症
carcinomatous cerebellar degeneration
悪性腫瘍に合併して小脳症状を呈するもので、亜急性脊髄小脳変性症ともいう。歩行時のふらつきやめまいなどの小脳症状が悪性腫瘍に先行して出現することもあるので、注意を要する。

314
観念失行
ideational apraxia
たとえば、たばこに火をつけることを目的とする動作の場合、マッチを取り出す、マッチをこする、たばこの先に火をつけるなどの部分的な動作はできるのに、たばこに火をつけるという一連の動作として完成することができなくなる場合をいう。運動の企画そのものができなくなるもので、優位半球頭頂葉病変による。

315
記憶障害
disturbance of memory
記憶は理屈の上からは「覚える、保つ、思い出す」の三段階に分けて考えられている。覚えると思い出すの部分の障害は、それぞれ記銘障害と想起障害と呼ばれる。痴呆症、コルサコフ症候群、健忘症候群は記銘障害、ど忘れは想起障害である。実際には理屈通りにくっきりと区別できるわけではない。痴呆症では新しいことをある程度の時間覚えていられないタイプの記憶障害が多く、新長谷川式検査に取り入れられている。
不必要なことは忘れるのも大切な機能であるので、「消去する」も大切である。老年に至ると不必要なことの見極めがついてくるから、覚えないでおくことも多くなる。消去機能の不全もいろいろな不愉快さを引き起こしているはずであるが、病気として名前が付けられてはいない。
うつ状態の時には、過去の記憶の中からうつにつながる部分だけを取り出してつなぎ合わせたビデオを見ているかのような、とてもゆううつで自責的な状態になる。「うつ場面選択想起」とでも名付けたい状態である。また、うつ病になる人たちは熱中の果てに疲れすぎてその反動でうつ状態になったと学習して納得しているはずなのに、次の時にも全く同じような経過でうつ状態に陥ってしまう。すっかり忘れている状態をみると、これはうつ病に独特の一種の記憶障害ではないかとも思われる。何かに熱中しているときには「躁場面選択想起」が起こっているため、うつにまつわることはすっかり忘れているのではないかと思われる。

316
企図振戦
intension tremor
動作時に目的物に近づくほど増大するふるえ。たとえば手でしょうゆのビンをつかむときなどに見られる。小脳が責任部位で、脳血管障害やウィルソン病などで出現する。動作時振戦とほぼ同じ。逆は静止時振戦で、パーキンソン症候群の時に見られる。

317
強迫症
強迫性障害
強迫神経症
obsessive-compulsive disorder(OCD)
強迫症状とは、考えや感情または行動が、ばかばかしいと思いながらもやめられない状態である。確認強迫や手洗い強迫が典型である。軽度の場合には一種の癖と思われている場合もある(たとえば爪をかむ)。完全癖といわれる程度に薄まれば、症状というよりは性格傾向のひとつと考えられる。人間社会に広く分布する儀式や迷信を考察するにあたっても重要な視点となる。特に宗教と倫理の方面では強迫性格者の果たす役割は小さくない。
文学者倉田百三は、数字を加減乗除しないではいられない強迫症や、いろはを最初から最後まで何度も繰り返し唱える強迫症など、多彩な症状を自身で体験し記載した。
ジュディス・ラパポート著「手を洗うのが止められない」の邦訳(晶文社)は、強迫性障害にどんなに多くの人々が悩み、そのことを口にできず一人で悩んでいるか、いきいきと描いている。興味のある人には一読の価値がある。
清潔強迫の裏側には不潔恐怖がある場合があり、確認強迫の裏側には自己不確実性性格がある場合があるなど、症状の成り立ちの考察も面白い。
無意味であると一方では考えながら、一方ではそれをやめられない。しかもどちらも自分自身の考え・行動である。こう考えれば、一種の自我障害としてとらえることができる。
強迫症状がある場合、背景にうつ病精神分裂病がある場合もあり、また特にそういった背景はなく強迫症または強迫神経症と呼ぶべき場合もある。背景病理によって治療は異なるので、診断は専門医に相談すべきである。うつ病を背景に持つ強迫症精神分裂病を背景に持つ強迫症、さらにそれ以外の強迫症の違いがどこにあるか、同じものなのかという問題については、興味深いが確定的な結論はないのが現状である。
かつてはフロイトによる精神分析的理解が主であったが、クロミプラミン(商品名アナフラニール)などの三環系抗うつ剤ブロマゼパム(商品名レキソタン)などの抗不安薬がよく効くことが知られてからは、脳内神経回路の問題として考えられることが多い。特に、人類の歴史をさかのぼり、過去のいずれかの時点で適応的で有利であった行動が脳の神経回路として残存し、それが現在の生活には不適応であるのにひょっこり顔を出してしまったといったタイプの解釈がなされている。

318
拒食症
refusal of food
【参照】思春期やせ症、神経性食思不振症、過食症、食行動異常症
食事を自分の意志で拒絶すること。若い女性タレントの場合がしばしば報道される。神経性食思不振症、うつ病精神分裂病などで見られる症状であり、また、背景に病理を持たない独立した症状と見えることもある。神経性食思不振症にみられる場合が多い。その他には、自分の犯した罪に対する罰として食べてはいけないと確信していたり(うつ病)、食べてはいけないと幻聴に命令されていたり(分裂病)、食べ物に毒が入っていると確信していたり(分裂病)、いろいろな場合があるので背景の病理を見極めて治療にあたる。若い女性に多く見られる神経性食思不振症に伴う拒食症の場合、拒食と同時に過食が見られることも多い。過食のあとには無理な嘔吐や下剤の大量使用などが見られることもあり、拒食症と一面的に名付けるよりは、食行動異常症などと呼ぶ方がふさわしいだろう。原因不明であるから、母との関係の問題など心因主義に傾きがちなのもやむを得ないが、薬剤も適切に用いながら、総合的に対処すべきである。若い人が多いので人格の問題が不可避的に絡んでくる。また、教育的観点が大切にもなる。ボーダーライン・シフトまたはアノレクシア・シフトとでも呼ぶべき固い治療構造であたらないと治療は難しい。診断と治療に関して、英米のマニュアルがある。拒食と巨食は紛らわしいので、不食と過食としたほうが、耳で聞いても間違いがないだろうと思われる。

319
拒絶症
negativism
外部からの働きかけに対して徹底的に拒絶する態度。食事を勧めても拒否、面会も拒否、トイレ誘導も拒否などである。妄想状態、うつ状態、痴呆症などで見られることがある。全面的拒絶ではなく部分的拒絶のことも多い。

320
拒薬
denial of drug-taking
【参照】コンプライアンス
明白な拒薬の場合は対策も明白で、説得と対話である。緊急時には注射も使える。外来通院患者の場合の拒薬は対策が難しい。外来で診察していると、誰々先生からの薬は実はのんでいないとか、カプセルを一粒だけにしてあとは捨てているとか、そんな話をよく聞く。選び方もそれぞれで、なかには抗パーキンソン薬を捨てて抗精神病薬だけを飲んでいたりする。これでいいと自分が信じていれば、副作用も起こらないらしい。自分が主治医として薬を出している場合にはそんな打ち明け話はもちろん聞けないので困ることがある。服薬確認が是非必要な場合には血中濃度の測定という方法もあるが、そこまでする必要もないだろう。薬を調整して欲しいと言われて調整する場合にも、その中のどれが実際に飲まれているのか、推測するしかない。飲まなかった薬を捨てる人もいるし、自宅の押入にしまっておく人もある。スタッフはたまに部屋を訪問してみるのがよいと思う。背景には薬付けにされているのではないかと、医療に対して不信感を抱いている状況があると思われる。そんな人たちも、漢方薬は副作用がなくて安心だからと信じこんでせっせと飲んでいるのが不思議である。
拒薬は患者さんの自主性の表現であると評価する人たちもいる。薬を飲ませるのは、薬を飲ませて自主性を奪い、結果として薬を飲ませ続けるためであるとする。話としてはおもしろいが、薬を飲み続けることが分裂病の再発防止に役立つことは確かなこととしてよいようなので、やはりきちんと飲んでいただければそれに越したことはない。

321
起立性低血圧
orthostatic hypotension
急に立ち上がったときに、全身の血管の収縮が遅れて、脳が一時的に虚血状態となる。立ちくらみがして目の前が真っ白になったりする。運動不足の人や老齢の人に、また降圧薬使用中に起こったりする。向精神薬を使用中に起こることがある。特に薬の使い始めに起こって不安に思う場合がある。しばらく続けて体が馴れれば起こらなくなることが多いし、昇圧剤を加えて調整することもできるので心配はいらない。

322
筋強剛
=筋固縮

323
筋固縮
muscle rigidity
屈筋と伸筋の両方が緊張亢進している状態。錐体外路系疾患に特有である。パーキンソン症候群では歯車様固縮が起こる。錐体路障害では痙直(spasticity)が見られる。→調査

324
近接記憶
recent memory
最近のできごとに関する記憶。「近接」の範囲は数秒から数年と言われていて全く漠然としていが、即時記憶と遠隔記憶の中間程度のものを指す。痴呆症の場合、近接記憶の障害がもっとも問題となる。

325
緊張性尿失禁
stress incontinence
腹圧性尿失禁のこと。老年女性や多産婦に多いとされ、咳、くしゃみ、笑いなどにより、腹圧が増したときに起こる。

326
くも膜下出血

327
クロイツフェルト・ヤコブ病
Creutzfeldt-Jakob disease
大多数は初老期以降に発症し、痴呆、幻覚、運動麻痺などを呈し、二年以内くらいで死に至る。脳に海綿状(スポンジ状)変性が起こる。このため、亜急性海綿状脳症の別名がある。かつて初老期痴呆の一種と思われていたが、感染性のものであることが分かり、プリオン(PRION:proteinaceous infectious particles:蛋白性感染粒子)によるものではないかと考えられている。移植によってうつることから、移植性痴呆とも言われる。イギリスの狂牛病を起こすプリオンは、羊の脳病(スクレイピー)も起こし、その羊の脳を食べる習慣のある部族は同様の脳の病気におかされ、クル病と呼ばれる。

328
軽症うつ病
笠原氏の提唱になる、内因性ではあるが精神病レベルではない、その意味で軽症のうつ病のこと。内因性うつ病は精神病レベルの病態を呈し、心因性(反応性)うつ病神経症レベルの病態を呈するというドイツ精神医学の伝統的な通念に訂正をせまっている。治療の原則は内因性うつ病の治療と同じ。近年は精神分裂病うつ病も軽症化の傾向にあり、外来クリニックで通院治療する症例が増え続けている。

329
頸性眩暈
cervical vertigo
頸部の屈伸・捻転により誘発されるめまい、ふらつき。耳鳴り、難聴を伴うこともある。頸部の筋、靱帯、脊髄神経根、交感神経、椎骨動脈などが刺激されて起こるものと推定されている。めまい、ふらつきの鑑別診断は難しいく、耳鼻科、神経内科と回って、心因性ではないかと言われて精神神経科に来ることが多い。

330
下痢

331
言語性知能
verbal IQ

332
抗うつ薬
antidepressant
抗うつ剤
うつ状態を改善する薬。背景にある病理がうつ病でも、精神分裂病でも、神経症でもかまわない。三環系と四環系があり、四環系の方が抗コリン作用などの副作用が少ないようである。余病のない成人男性の場合には三環系抗うつ剤を充分量使えば早く楽になれるのでよい。副作用には、便秘、口渇、眠気、だるさなどがあるが、いずれもしばらく使い続けるうちに気にならなくなることが多い。尿閉の場合は相談を要する。緑内障がある場合には使用は控える。心電図をチェックすること。

333
口渇
向精神薬の副作用として頻度が高い。我慢できる範囲のものが大部分である。アメやトローチをなめる、茶で口をしめらしておくなどで充分な対策となる。場合によっては薬剤で調整するが、漢方薬の白虎加人参湯などを勧める人もいる。

334
高血圧性脳症
hypertensive encephalopathy
急激な血圧上昇時に、頭痛、吐き気、意識障害などの頭蓋内圧亢進症状を呈するもの。外来では、部下を怒り出すと頭痛がする、セックスをすると頭痛がするなどの相談で訪れる。まず血圧の調整をしてからゆっくりと状態を評価する方針でよい。最近では一日一回の服用でよく、一日の血圧変動も自然なタイプの薬剤が開発されているのでコントロールしやすい。

335
甲状腺機能亢進症
hyperthyroidism
甲状腺ホルモンの過剰状態。精神的には躁状態に傾く。易怒性、元来の人格傾向の先鋭化、イライラ、不眠、過敏状態などがみられる。ときにうつ状態が見られるという。甲状腺ホルモンを調整することで治療できるので、見逃さないことが大切である。

336
甲状腺機能低下症
hypothyroidism
甲状腺ホルモンの欠乏状態。精神的には全般的にうつ状態に類似する。意欲低下、疲れ易さ、不活発、寒がりなどがみられる。疑いが持たれるときは、血液検査で甲状腺ホルモンの関連の項目をチェックすればよいだけなので手軽である。甲状腺ホルモンを補うことで治療できるので、見逃さないことが大切である。特に、老人性痴呆と見える人で、甲状腺機能が低下している場合には、甲状腺機能を調整してみることが役立つ。笑顔が戻るとスタッフもうれしいものである。

337
構成失行
constructional apraxia
幾何学的図形を構成することができなくなる。たとえば、紙に家を描くことができない、積木で立体をつくることができない、など。図形の全体の構成を頭のなかで把握できなくなるためと思われる。

338
抗精神病薬
antipsychotics
強力精神安定剤と同じ。メジャー・トランキライザーともいう。ハロペリドールクロルプロマジンをはじめとして、多種類がある。抗ドーパミン作用が中心で、精神分裂病躁状態に用いられる。意識水準は低下せず、興奮は静まり、過敏さを取り除く。副作用は、眠気、だるさ、口渇、手指のふるえなどであるが、いずれも対策があるので、医師に相談すればよい。長期服用による副作用として考えられているものもあるが、服薬の利益の方が大きいと考えられる場合が多く、ときに変薬で対応する。精神分裂病抗精神病薬の登場によって外来コントロール可能な疾患となった。高血圧の場合、降圧薬によって血圧を下げて、高血圧から起こるさまざまな障害を防止している。同様に、精神分裂病の場合、抗精神病薬によって体質的な神経過敏を抑え、日常生活で起こるストレスに対処しやすくしている。

339
向精神薬
psychotropic drugs
脳に作用して精神機能を整える薬を総称する。睡眠薬、抗てんかん薬、抗精神病薬抗うつ薬抗不安薬気分安定薬、などをあげることができる。抗精神病薬と紛らわしいが、はっきり区別して用いられている。他の薬と同様、老年者の場合には通常量の半分以下から使用を始める。

340
向精神薬副作用
side effects of psychotropic drugs
副作用は、本来、主作用に対する言葉であり、有害作用を意味するものではない。しかし診察室ではほぼ有害作用と同義に用いられている。世間の評判では、副作用がないのが漢方薬、副作用が強いから飲まない方がいいのが精神科の薬、となっているようである。薬品カタログや解説本をみると、たくさんの副作用が羅列されているので恐くなってしまう。製薬会社は発生頻度を考慮せずに並列しているので、実際の有害作用発生状況を把握するには役立たないのである。
実際上は、服薬中止すべき副作用と服薬継続してよい副作用とに区別して考えればよい。服薬継続してもよい場合にも、患者さんの不安が強すぎるようなら臨機応変に対処すればよい。服薬中止すべき場合は限られている。1)薬疹などアレルギー反応が出たとき。2)心電図で異常が出て危険なとき。3)緑内障のあるときは抗うつ剤は中止。4)甲状腺、腎臓、肝臓などに変調があるときは慎重に考慮。用量を考慮すべきものとしてたとえば、胃薬のシメチジン服用時などがある。いま飲んでいる薬を飲むべきか捨てるべきか、迷う人は多い。専門家でなければ正しい判断は難しく、薬について悩むことでさらに悩みが深くなってしまうこともあるので、専門家に相談するようにして欲しい。患者さんの中に「薬のハムレット」は少なくない。痴呆が進行するのではないか、依存・中毒状態になるのではないかなどの質問もあるが、意志の指示通りの服用をしている限り心配はない。

341
考想化声
thought hearing
=思考化声
自分の考えたことが外部の声になって聞こえてくる状態。幻聴のひとつであるが、思考内容は自己に属し、声は他者に属する点が特徴である。

342
夜間せん妄
老人の場合、夜間に軽度の意識障害を呈して、興奮することがある。夜は意識状態が低下しやすいのに加えて、外界からの刺激が少なくなるので、暗闇が怖い、静寂が怖い、などの要因もあり夜間せん妄を起こしやすい。夜でも灯りをつけて明るくしておくことが夜間せん妄解消に役立つことがある。

343
パーキンソン病
抗パーキンソン薬
抗パ剤
antiparkisonian drugs
パーキンソン病の際に用いられるのはもちろんであるが、精神科領域では向精神薬の副作用としての薬剤性パーキンソン症候群に対して用いられることが多い。手指のふるえやロレツのまわりにくさが改善される。具体的には抗コリン薬であるビペリデン(アキネトン)、塩酸トリヘキシフェニジール(アーテン)、抗ヒスタミン薬である塩酸プロメタジン(ヒベルナ)などを用いる。

344
抗不安薬
minor tranquilizer
不安をしずめ、筋肉の緊張をほぐし、心を穏やかにする薬。ベンゾジアゼピン系薬剤が中心である。脳内ではGABA系に作用しているものと考えられている。副作用としては、軽い眠気が起こることがあるが、量を調整すればよい。代表的な薬はエチゾラムデパス)、アルプラゾラムソラナックス)などである。不安神経症をはじめとする各種神経症状態、精神分裂病躁うつ病てんかんなどに広く用いられる。指示された使い方に従っていれば、依存・中毒の心配はない。

345
昏睡
coma
【参照】意識障害、せん妄
高度の意識障害。眠り続ける。

346
罪業妄想
delusion of culpability
自分は罪人だ、とりかえしのつかない罪を犯したと事実に反して確信している状態。うつ病でみられることがある。

347
作業療法
occupational therapy(OT)
身体障害や精神障害の回復期に、軽作業によって、身体・精神機能全般の回復をはかる治療法。作業能力改善と社会性機能改善を目的とする。ボルトをねじにはめる作業や封筒作りなどから、やや熟練を要する作業まで、施設によって特徴がある。仕事に直接結びつくイメージがあるので、社会復帰へのステップとして重要である。仕事ができれば将来に対する自信がわく。なお、作業療法士(occupational therapist)もOTと略称する。

348
作話
confabulation
作り話。痴呆症の場合に、記憶の欠損を作話で埋めることがある。嘘をつくのも平気になったと倫理観の低下を嘆くのではなく、嘘で埋めて取り繕うだけの社会性が残っていると評価することができる。慢性アルコール中毒の際にみられるコルサコフ症候群は、記銘力低下、失見当識、健忘、作話を呈するものをいう。

349
三叉神経痛→外科の本で調べる
trigeminal neuralgia
発作的電撃的痛みが顔面に起こるもの。原因不明のものもあるが、動脈が三叉神経を圧迫していて、動脈の脈動に伴って痛みが生じる場合もあり、神経血管圧迫症候群という。手術が有効な場合がある。薬物としてはカルパマゼピン(テグレトール)を試してみる。他に抗てんかん薬や抗うつ剤が効くこともある。

350
視覚失認
visual agnosia
目には異常がないのに、脳内の処理の異常により、見えているものが何であるか認識できない状態。優位半球後頭葉の病変により生じる。たとえば、鉛筆を見ても、それが何であるか分からない。しかしそれを手で触ると、鉛筆だと答えられる。知人の顔を見ても思い出せない相貌失認、色が分からない色彩失認、物の空間的関係の認知障害である視空間失認などが含まれる。痴呆症の場合、視空間失認により、徘徊を続けることがある。

351
自殺→調査
suicide
年代で見ると、二十歳台と六十歳以上の人たちに特に問題である。疾病で見ると、精神分裂病うつ病などで多い。実際には死因統計よりも多くの例が自殺していると思われる。精神科臨床においては自殺を防ぐことが大変重要な仕事となる。死なないと約束をとりつけたり、薬剤を調整したり、家族との関係を調整したりと、さまざまに努力するものの結局防ぐことができない場合もある。スタッフ一同は大きなダメージを受ける。家族は自殺を納得できず、否認したりスタッフを責めることもあなど、いわゆる「喪の仕事」の各段階を経験するようである。
どうか死なないでほしい。生きていれば何とかなるものである。今後は治療法もどんどん改善されるだろうし、社会全体としても住みやすいものになってゆくはずである。いつまでも今のつらい状態が続くのではないと考えて、ぜひ生きてほしい。

352
失見当識
disorientation
=指南力低下
場所、時、状況、自分自身について正しく把握することができなくなっている状態。老年者で失見当識が見られる場合には意識障害と痴呆症の鑑別が必要になる。

353
実験神経症
experimental neurosis
いくつかのカテゴリーがあるが一例としては、弁別困難な近似刺激間でなお弁別を強制した場合に神経症状態をつくりだすことができる。楕円形を見せて、赤か青のレバーを押させる。縦長の楕円を見たら赤いレバーを押すと正解。横長の楕円を見たら青いレバーを押すと正解。正解の場合には餌が出る。不正解の場合には床に電流が流れて不愉快な思いをする。このような設定をしておいて、充分に馴れたあとで、楕円をどんどん円に近づけて行く。弁別は不可能となり、深い悩みに陥る。神経症状態となり、食欲不振となったり、無意味な常同行動を呈したりする。対人関係場面で、弁別困難な近似刺激間でなお弁別を強制される場合はしばしばあると考えられる。たとえば、女性の何気なさそうなひとこと、謎のような瞳。それらが何を意味しているのか、弁別は困難なことが多いが、男性はなお弁別を強いられている。

354
失行
apraxia
運動麻痺などはないのに、すでに学習されて修得されている動作ができなくなること。観念失行、構成失行、着衣失行など各種が知られている。

355
着衣失行
dressing apraxia
着衣、脱衣が困難になるが、運動障害などはない。ズボンを頭にかぶったりする。痴呆症などで見られることがある。

356
失語症
aphasia
すでに言語を学習し使用することができていたのに、大脳の特定部分の障害により、言葉の理解ができなくなったり、言葉を話すことができなくなったりすること。聴覚や口の運動に障害はない。ブローカは運動失語を、ウェルニッケは感覚失語を記載した。失語症に出会ったら、失語症鑑別診断検査を実施して、リハビリテーションの専門家に依頼する。

357
失算
acalculia
すでに計算を学習し修得していたのに、大脳損傷により計算ができなくなること。優位半球頭頂葉後方下部病変による。ゲルストマン症候群は手指失認、左右失認、失書、失算からなる。ほかに痴呆でも見られる症状である。

358
失認
agnosia
感覚機能は損なわれていないのに、対象物の意味が把握できない状態。視覚失認、聴覚失認、触覚失認などがある。

359
状況意味失認
中安の提唱する、分裂病のメカニズムに関係した概念。状況についての知覚は間違っていないのに、状況の意味を間違えている場合をいう。たとえば、机の上にかばんがあったとして、状況の意味を把握して、誰かが忘れたと考えたら届けるし、トイレに行っただけですぐに戻ってくるだろうと考えたらそのままにしておくだろう。この状況意味の把握ができないと、周囲の人には理解できない行動になる。分裂病の始まりには、状況意味失認があると中安は提案する。

360
自発性減退
lack of spontaneity
意欲を持って自分から何かしようとすることがなくなった状態。うつ状態でみられるときには「おっくうさ」と表現する。精神分裂病の場合には「無為」と表現される。抽象的に表現すれば共通点もありそうであるが、現実には相当違う。アパシー症候群の場合にも自発性減退が見られるが、それは本業についてであって、趣味や副業についてはやる気があって楽しめている。薬のせいでやる気がなくなったと感じる人は多いものであるが、誤解のことが多く、多くは病気の回復過程でおこる一時的な自発性減退である。さらに回復が進めば、消える。

361
情動失禁
affective incontinence
=感情失禁
少しの感情のうごきも、すぐに外に漏れて出てしまう状態。少しのことで泣いたり笑ったりする。脳血管性痴呆で見られる状態が典型的である。脱抑制症状のひとつ。怒ったり泣いたりして尿便失禁するのではない。

362
小歩症
marche a petits pas
軽度に前屈し小刻みに歩く。老年者に見られる。大脳基底核の小梗塞が原因と推定されている。パーキンソン症候群の場合にもこきざみ歩行となるが、突進現象、すくみ足が観察され、階段は楽に上がれるなどの特徴がある。

363
ショート・ステイ
short stay
=寝たきり老人短期保護制度

364
健忘
ammnesia
体験の全体を忘れてしまうこと。食事の場合を例に取れば、健常の物忘れの場合は、今朝の食事の献立が思い出せない。健忘症の場合には食べたこと自体を忘れてしまう。このような意味で体験の全体を忘れることから、健忘と呼ばれる。診察場面でも、面接の予約をしたのに、予約の時間を忘れるのではなく、予約したこと自体を忘れる患者さんがいて、それは健忘である。健常の物忘れやど忘れとやや性質が異なると考えられる。

365
触覚失認
tactile agnosia
手指の触覚には異常がないのに、物を手で触れてもそれが何であるか分からない状態。目で見れば何であるか判別できる。反対側の頭頂葉後部、上縁回近辺の病変による。

366
ショック
shock
医学用語としては心血管系の病的状態のひとつで、急激な低血圧や循環不全を指す。大量出血の際などに見られる。一般語彙としては心理的衝撃のことで、「ショックを受けた」といえば、大きな心理的なストレスにさらされたことを意味している。医学用語と一般語の一致しない一例。

367
初老期うつ病
=退行期うつ病

368
初老期痴呆
presenile dementia
65歳以前を初老期というが、初老期に始まる原因不明の痴呆のこと。そのなかである程度輪郭の知られている有名なものにはアルツハイマー病とピック病がある。アルツハイマー病は健忘が、ピック病は人格変化が顕著である。年齢で分ける趣旨は、52歳の痴呆と84歳の痴呆ではやはり病気が違うだろうということで、素朴な直感に基づいている。その点では意味があるが、たとえば63歳と67歳とで病気が違うわけではないから、やはり病態の本質を見ることが大切である。

369
性格障害
personality disorder
=性格異常、異常性格、人格異常、異常人格、人格障害
【類】精神病質 psychopathy、精神病質人格
【参照】演技性障害、自己愛性障害、境界性障害、反社会性障害
性格の問題のために社会適応が困難な場合をいう。特に社会適応困難と言うほどではないものは性格傾向(personality trait)という。英語ではpersonalityとcharacter、日本語では人格と性格、どちらの言葉を採用するかも問題となる。障害と異常も語感が違う。人格は性格よりも深い何かで、異常は障害よりも困難な事態を感じさせる。最もソフトに言うには性格障害、シリアスに言うなら人格異常となるだろう。
シュナイダーの分類やDSM分類が有名である。DSMでは演技性障害、自己愛性障害、境界性障害、反社会性障害などを紹介している。実際の症例の場合には、「そのような面もあるが、別の場面ではこうだ」などということも多く、スタッフ間で着眼点の違いから意見の異なることもある。非常に典型的な場合には文献の記載と見事に一致する場合もある。

370
反社会性人格障害
antisocial personality disorder
無責任で反社会的な性格のため社会適応が困難な場合をいう。易怒的、攻撃的、暴力的、犯罪の反復、性的乱脈、家族虐待などの特徴があげられる。

371
演技性人格障害
histrionic personality disorder
クジャク(ピーコック)性格とも呼ばれる。派手好きで、人の注目を集めることを好み、芝居じみている。自分勝手でわがままで、被暗示性が高い。人格成熟の不足を指摘する意見もある。ヒステリーを起こしやすいのでヒステリー性格ともいう。

372
自己愛人格障害
narcissistic personality disorder
全般的誇大性、共感欠如、他者による評価への過敏性などによって特徴づけられる。ギリシャ神話のナルシスは自分の姿にうっとりしてしまい、一時的にとても幸せだった。自己愛人格障害の場合には自分で自分をほめて、うっとりしていることができないため、他者による評価を求める。しかし内的には空想的誇大感があるため、それに見合うだけの評価を与えてくれる他人は滅多にいないはずである。空想的誇大感が現実的なものに訂正できればよいのだが、共感欠如し、他人や世の中についての現実把握がずれていることが多いため、空想的誇大感は訂正できないまま存続することになる。このようにして不全感を抱えたまま、社会適応が次第に困難になってゆく場合がある。

373
境界型人格障害
borderline personality disorder
境界例、境界パーソナリティ構造(BPO:borderline personality organization)
対人関係の不安定を主徴とし、衝動性コントロールが悪く、行動の不安定を伴い、情緒は激しく変わりやすい。これらの結果として社会適応に困難をきたしている状態。他人を過度に理想化してみたり、次には理由もなく非難してみたりする。診察室でスタッフに対して理想化と脱理想化が典型的に起こる。また、周囲の人々の間の反目を燃え上がらせるような対人操作をみせることも特徴である。自殺企図を繰り返したり、周囲の人たちを巻き込み振り回すような行動があるため、周囲の困惑は深い。治療は容易ではないがさまざまな試みが紹介されつつある。入院治療時には上記の特徴に対処するため、市橋の紹介しているボーダーライン・シフトとでも言うべきような特別の体制が必要である。ポイントはスタッフ間で充分な情報交換と意見交換を行い、対応に差がないようにしておくこと、治療構造をよく考え、ATスプリットなども場合に応じて採用することなどである。

374
心気症
hypochondria
実際は病気ではないのに、自分は病気ではないかと心配している状態。説得も聞き入れず、訂正しがたい確信にまで至った場合には、心気妄想と呼ぶ。背景にうつ病精神分裂病があることもある。

375
神経症
neurosis
神経症という言葉の用い方としては、二つに大別される。ひとつは脳病としての外因性精神病と内因性精神病に対立して、心因性または環境因性に起こる病気を指す。他のひとつは、病態レベルの深さを表現する言葉で、精神病レベルと神経症レベルとを区別する。多くの場合は、心因性のものは神経症レベルであり、脳疾患の場合には精神病レベルとなるので問題はないのであるが、細かな議論になると原則通りには行かなくなり、混乱することがある。

376
(広義の)精神病
   病因分類   脳病        非脳病(広義の心因)=もっとも広義の神経症
       外因    内因    (狭義の)心因  環境因
コンピューター CPU CPU+KB+HD HD KB
病態レベル

精神病レベル    (狭義の)精神病      心因反応
       外傷 精神分裂病
       脳血管性傷害 躁うつ病

神経症レベル      内因性軽症うつ病(笠原) 神経症心身症

外因=判明済みの脳器質因
内因=不明の脳器質因(素因)+環境因・心因‥‥比重はさまざまである。
環境因=現在の明白な、意識層の心理的ストレス→支持的療法
心因=幼児体験を典型とする、抑圧・隠蔽されている、無意識層の心理的ストレス→洞察療法

内因は「原因未だ不明の脳病」と同義ではない。素因と環境因、心因の加算である。比重はさまざま。
分裂病の双子一致率は50%、それだけが素因ということになる。それ以外の部分が50%である。

脳病の場合、それ自体とそれに影響を受ける生活のことを考えると、どちらも心理的なストレスとなり、上の分類で言えば、環境因となる。複雑な場合には心因として働く場合もある。従って、排他的ではない。脳病の場合心因・環境因を伴うのは普通。心因・環境因の場合は脳病とは独立である。
しかしながら、脳にある程度の弱さがないと、心因・環境因があった場合にも、発症には至らない印象である。

病態レベルについて
病態レベルとは、病気の本質の深さについていう言葉。病態水準。精神機能を環境適応の観点から評価したもの。

神経症レベルと精神病レベルの違いは、
1)現実検討(reality testing)が侵されていれば、精神病レベル。保たれていれば、神経症レベル。
2)用いている防衛機制の種類。神経症レベルの防衛機制としては‥‥があげられる。精神病レベルの防衛機制としては‥‥があげられる。
神経症レベルと精神病レベルの中間に位置するものまたは両者の間を揺れ動くタイプのものを境界(型)パーソナリティ構造(BPO:bordreline personality organization)という。境界型人格障害の基盤となる。
強迫神経症離人神経症と呼ぶ場合、強迫症状や離人症状が前景にあり、その病態レベルは神経症レベルであるということを意味している。同様の症状が前景にあっても、精神病レベルならば、その背景病理を重視して精神分裂病うつ病と呼ぶ。
3)了解可能ならば神経症レベル、了解不可能ならば精神病レベル。

心因性に生じる病気の総称。主に自律神経系に症状が出るものは心身症と呼び、たとえば胃潰瘍、めまいなどがある。主に随意筋を中心に症状が出るものは転換ヒステリーと呼び、失声や失立、失行がある。それ以外のものは神経症と総称するが、症状の特徴によって、不安神経症、恐怖神経症強迫神経症、解離ヒステリー、離人神経症抑うつ神経症、心気神経症などを区別している。
学問的にも歴史的変遷があり、また、日常語としての使い方は学問的な背景を持った言葉の使い方とは異なっている面もあり、言葉の意味の変化や範囲を手短に説明することは難しい。診察室で患者さんに「私はやはりノイローゼですか?」と聞かれて、医師が「そうですね、軽いノイローゼでしょう」と答えている場合、両者が何を考えているのか、吟味が必要である。
「二、三日前まで全く平常に歩けていた女性が、突然歩けなくなった。神経学的診察をしてみると、筋肉も神経もとくに異常はないようである。家族に話を聞いてみると、もともとが大げさで演技的なところのある性格で、二日前に職場でいざこざがあって家に帰ってきてから絶対に辞めてやるといきまいていた。次の日、朝から歩けなくなっていた。診察をして、しばらく自宅静養するよう話をした。二十日くらい経つうちに元に戻った。何の後遺症もない。」このような場合、身体的には何も異常がないのに、心のストレスが原因で起こっているように見える。
病気の原因として、感染症や新生物と並立して、心因性(神経因性)があることが古くから知られていた。心因性の歩行麻痺と、脳性の歩行麻痺を区別することは神経学者の大きな課題であった。この課題のなかから、精密な神経診断学が発達していった。心因性麻痺の場合、たいていは神経解剖の原則に反した症状を見せるので、専門医は鑑別できるのだが、少数の例ではそれができない。完全に神経学の原則通りの症状を心因性の疾患で呈することがあるという。それを一部の神経内科医は、診断学の不完全さと考えている。

神経因性 neurogenic と心因性 psychogenic
ほぼ同義としてよい。

377
振戦せん妄
delirium tremens
アルコール依存症者が、急激な断酒をした際の禁断症状のひとつ。興奮を伴う意識障害で、落ち着きなく、注意散漫、失見当識などを呈する。小動物や昆虫(ゴキブリなどが多い)の幻視があり、皮膚の上を這い回っているように感じるなど、辛い体験をする。もうこりごりだ、絶対に酒はやめると言ったりもするが、そのうち忘れるようである。

378
身体失認
autotopagnosia[auto=自己 topo=場所 a=否定 gnosia=認知]
身体の位置の認識や身体各部位の呼称ができなくなる。手指失認、左右失認などがある。優位半球頭頂・後頭・側頭葉の境界部の病変で生じ、両側性であるという。

379
錐体外路疾患
extrapyramidal disease
錐体外路は運動ニューロンへの間接的な賦活系である。その異常により、種々の筋緊張異常や不随意運動が起こる。パーキンソン症候群が代表である。

380
睡眠障害
sleep disturbance
眠れない人は実に多い。原因もさまざまである。なかには眠りすぎるのが悩みの人もいる。何時間寝ていれば充分なのかと質問されるが、人生を充分に生きられるならば何時間でもよい。おおむね七〜八時間前後が統計の数字で、最近は短くなる傾向にある。年齢によって眠りの時間も深さも変化し、個人差も大きい。というわけで、全く漠然としたものである。
臨床的に睡眠は精神状態の指標として有用である。眠れないから全般に不調なのだとも、全般に不調だから眠れないのだとも言える。眠れないときはまず、背景に疾患がないか調査する。うつ病精神分裂病睡眠障害が生じるし、神経症一般で睡眠は妨げられる。さらに睡眠時無呼吸症候群ナルコレプシーなどを鑑別診断する必要がある。こうしてみると、睡眠障害は呼吸器疾患の際の咳のようなもの、身体疾患の発熱のようなもので、神経系の不調のしるしであるが、それだけでは原因は不明で、専門家に相談した方がよい事態であるといえる。
眠れないときにアルコールを使う習慣は根強いが、賛成できない。

381
睡眠薬
hypnotics
効果によって睡眠導入剤(sleep inducer)、睡眠持続剤などに分けられる。現在はベンゾジアゼピン系薬剤が中心に用いられており、安全性は高い。診察場面で質問が多いのは、常習性についてである。薬がないと眠れなくなってしまうのではないかとの心配である。?薬も体にとっては自然な食べ物ではないから、全体としてなるべく少量ですませたほうがよい。?そのためには、だらだらといつまでも続けないこと。必要十分な量で、なるべく短い期間の治療を目指す。?長くなって心配なら、ときどき別の薬を使ったり、休薬日を作ってみるのもよい。?量や時間についての指示を守る。アルコールとの併用は避ける。?普通ならそろそろやめられる頃なのにやめられないとしたら、それは少し根の深い問題があるのではないかということになるだろう。環境や心理についての詳しい調査が必要である。この場合は、薬に依存性があるからやめられなくなったのではなくて、自分の問題が解決していないからやめられないのだろう。
ときに依存を形成する人はいる。しかし薬について十分に詳しい説明をしながら精神療法も併用している場合には、数は少ない。

382
睡眠導入剤
sleep inducer
効き始めがはやくて、薬が体から消えるのもはやいタイプの睡眠剤入眠困難の場合に最適である。

383
ティール症候群 →外科の本で調べる
steal syndrome
鎖骨下動脈盗血症候群が有名。ほかに眼動脈盗血現象などがある。

384
脊髄小脳変性症
spinocerebellar degeneration
運動失調を中心症状とし、小脳とその連絡路にあたる領域が慢性進行形に障害される変性疾患。原因は不明であるが、しばしば遺伝性に生じる。小脳型、脊髄小脳型、脊髄型に分類され、老年者では小脳型が多く、錐体外路症状や自律神経症状を呈することも多い。

385
線条体黒質変性症
striatonigral degeneration
線条体黒質の変性により、パーキンソニズム、錐体路徴候、自律神経症状を呈する疾患。中年から初老期に発症する。パーキンソニズムであるが、Lドーパが無効である。

386
脊椎管狭窄症
spinal canal stenosis
脊椎に骨変化などが起こり脊椎管狭窄になると、脊髄圧迫が生じ、運動障害や感覚障害が発生する。原因は骨変化の他に、脊椎滑り症、骨棘、後縦靭帯骨化症黄色靭帯骨化症などがある。

387
コンピューターによる比喩。
CPUとHDとKBに分ける。キーボードからの入力がCPUで処理されて、ハードディスクに記憶されている。必要に応じてハードディスクから取り出して加工する。
CPUの障害‥‥精神病:処理プロセスの障害
キーボード‥‥現実神経症:現在の入力が不適切な場合
ハードディスク‥‥精神神経症:現在までの蓄積。幼児体験の病理。

ーーーーー
パソコンとワープロ
プログラムが固定されているかどうか。プログラムが固定されているワープロは、下級生物に似ている。閉じた輪で、トライアル・アンド・エラーによって最適DNAを選び出す。
プログラムが固定されていないパソコンは、環境に対してプログラムの入れ替えによって対応することができる。その点で、新しい学習能力を獲得している。開いた輪である。

開いた輪として生まれて、環境のあり方を取り入れ、親の世代の適応方式を取り入れて成長する。
ということは、ここに病理の発生する基盤がある。
輪は子供時代に合わせて次第に閉じる。その後の変化が激しければ、対応しきれないかも知れない。

388
?前景症状‥‥強迫、離人、などa,b、c、など。
?背景病理‥‥A病態レベルとB疾患分類‥‥A×Bのマトリックスができる。それぞれの項目をX、Y、Zなどとする。
見立て=(a,c、d、、、)×(X)

389
嫉妬
人間関係を大きく支配するマイナスエネルギー。破壊的である。羨望はプラスエネルギーであることもある。

390
恋愛
妄想状態は、恋愛状態をたとえにすると分かりやすい。たとえば、周囲の説得は逆に火に油を注ぐばかりであり、訂正不可能である。思春期に妄想状態になりやすく、同時に恋愛しやすい。何かのホルモンがこのような「訂正不可能な確信」の成立に役立っているのだろう。

391
CPU,KB,HDの比喩。
人間は生まれたときに、大部分が空っぽのハードディスクを持って生まれてくる。子供プログラムが完成する。しかしその後に大人プログラムに取りかかる。ここに思春期危機が訪れ、分裂病などの発症をみる。

392
起立性調節障害(OD)
現在不登校児は75000人とも言われるが、その中に起立性調節障害の児童が意外に多いことが指摘されている。起立性調節障害は10歳頃から増加し、朝起きが悪く、午前中はぼんやりしていて夜になると元気になることから、「フクロウ病」のあだ名がある。朝、頭痛や腹痛を訴え、立ちくらみや脳貧血を呈する。学校の一限に間に合わないのでそのまま不登校になってしまう。「学校に行きたくない」と言って休む子供と違い、「学校に行きたいのに朝起きられなくて行けない」との訴えが特徴である。うつ病の日内変動に似ることから、うつ病との鑑別も必要である。また、睡眠リズム障害のときにも、朝調子が悪く学校に行けない場合があり、ビタミンB12が睡眠リズム補正に役立つことがあるので、鑑別が大切である。
起立性調節障害の治療は朝、起床予定時間の40分前にふとんの中にいたままで昇圧剤を投与し、予定時間に起こす。これですっきり学校に行けるようになることがある。毎食後に昇圧剤を投与しても役に立たないことが多いので、起床前に投与する方法は頭の良い工夫であると思われる。

393
項目ごとに望みたいこと
・読む人が、「自分や家族の場合にはそれに当てはまるのかどうか」の判断の役に立つ。
・治るのか。後遺症はあるのか。進行を遅らせることは何に注意していればよいのか。
・どんなとき相談に行くべきか。どんなときは見守っていればよいのか。どんなときは少し生活の変更が必要なのか。
・専門家に相談に行くとすればどこに行けばよいのか。連絡先。

394
自由意志
free will
【同】意志の自由
古くからの哲学的論争点であり、現在もまた重要な、しかし困難な論点である。精神医学ばかりでなく、刑法でも重要な問題であり、責任能力論に関連する。つまり、人間に自由意志がないのなら、罪についての責任もないだろうということになる。
人間に(一般に生物に)自由意志はあるのかと考えてみて、自分自身についての体験から出発すれば、自由意志が存在することは自明のことである。しかし生物一般に関して客観的に考えれば、自由意志は存在しないと考えられる。
議論の前提として「意志とは何か」について考えておく必要がある。たとえばコンピューターに、一貫して円周率の計算を続けるようなプログラムを与えておく。その場合、「このコンピューターは円周率の計算を続けようという強い意志を持っている」と表現していいだろうか?内部から発生する意志とは何だろう?内部とは何か?
人間の脳が神経細胞の複雑な連絡だけから成立しているとして、自由意志は存在すると考えられるだろうか?神経細胞ネットワーク以外に、その奥に霊魂が存在するなどと仮定しなければ、自由意志の存在は否定せざるを得ないだろう。
自由意志に対立する状態として、自働機械が考えられる。外部状態と内部状態に応じて反応するだけの自働機械と、自由意志を持つ人間との違いはどこにあるのだろうか。本質的な違いはないと思われる。したがって、人間に自由意志は存在しないと結論せざるを得ない。
人間の精神活動は分子活動からのみ説明されると仮定すれば、自由意志はないと結論できる。分子活動の結果としての自由意志を考えられるというのなら、自由意志についての定義が我々とずれているのだと思う。

宗教的な前提をおけば、違いは明瞭であるかもしれない。しかしその場合にも、人間に特権的な地位を与えない限りは、石ころにも自由意志があると結論しかねない。
石ころと、植物と、猫と、人間と。どこから自由意志はあるのか。人間に自由意志があるのなら、石ころにも、「そこに居続けようとする意志」「地球の真ん中に向かおうとする意志」などを感じ取ることができる。石ころには自由意志がないのなら、コンピューターには自由意志がないのなら、人間にも自由意志はない。
こんなにも自明なことなのに、合意形成が難しいのは、我々人間の素朴な常識が邪魔しているだけだ。

395
自律神経失調状態
自律神経系の器官の障害を中心とし、場合によっては不定愁訴全般を含む。動悸、血圧上昇・低下、呼吸促迫、息切れ、頭痛、めまい、ふらつき、口渇、唾液過多、吐き気、嘔吐、胃痛、食欲不振、腹痛、便秘、下痢、多汗、無汗、冷汗、寝汗、微熱、顔のほてり、顔面紅潮、顔面蒼白、冷え性、手足のしびれ、手足の感覚麻痺、手足のふるえ、不眠、悪夢、全身倦怠感、肩こり、腰痛、関節痛、筋肉痛、皮膚蟻走感、排尿障害、インポテンス、耳鳴り、難聴など。また、精神面でイライラ、くよくよ、悲観的、怒りっぽい、無気力、易疲労感など。
精神分裂病躁うつ病、不安神経症更年期障害をはじめとし、さまざまな疾患でみられる。上記症状のいくつかが見られるというだけで自律神経失調症または自律神経失調状態と診断してよいので、疾患の構造や病態にまで踏み込まない、表層的な表現である。

396
支離滅裂
incoherence
概念の輪郭崩壊と、概念間の関係崩壊により生じる。言動が了解不能でまとまりなく映る。意識清明分裂病患者について用いる。

397
事例性
caseness
疾病性(illness)と対照される語。疾病性は医学的判断による疾病の認定であり、原則的には病理診断が中心となる。事例性は患者の主観、周囲の人々の感じ方、社会の規範などによって決定づけられるような、問題ありとする認定である。「病気だ」というよりは「解決すべき問題がそこにある」という認識である。身体各科でも疾病性を主に扱いつつ事例性に注意を払っているが、精神科・神経科では事例性の比重が一層重い。人格障害の一部、犯罪、非行などは疾病性に注意を払いながら事例性を解決すべく努力する。

398
了解
表層での了解と深層からの了解が言われる。
表層での了解は、患者の話を聞いていて自然に平明に了解できる次元のことで、子供の頃の様子や近頃の環境が現在の辛さをつくり出していると考えられるものである。
時間をさかのぼった原因から現在の状態が了解される場合には、発生的了解である。現在の状況から現在の辛さが了解できるならば、静的了解である。
深層からの了解はたとえば精神分析のように、無意識の層の力動から理解されるものである。(シュナイダーの図参照)
了解する側の了解能力に左右される場合がある。了解能力が不足しているがゆえに了解できない場合もある。逆に、了解し得ないものを私には了解できると誤解している場合もある。
了解不能なものは説明が可能なだけであり、精神病は了解不可能であるとされた。

399
成功したときに破滅する人物  →没
those wrecked by success
成功しそうになると神経症を発症して破滅するタイプの人物。フロイトマクベス夫人を例としてあげている。成功はそのまま良心の責めを引き出すことになり、鋭い葛藤状況が生まれるからだと説明される。

400
予期不安
expectation anxiety
不安神経症パニック障害の場合に、一度強烈な不安発作を体験すると、こんどはその不安発作を恐れて持続的な不安に悩むようになる。これを予期不安と呼ぶ。この時期には不安回避行動が見られるようになる。