1201
魔女
テレビで。清教徒による魔女の定義がいくつかあり、その中に「不満と怒りに満ちた女性」などと性格障害のタイプを思わせる記述があるらしい。
周囲に被害を与えるので、社会の側では魔女と指定してお返しをするものであろう。
断食の習慣を考えると、拒食の傾向は人間に内在しているものかも知れない。
断食や拒食によって内在するポジティブ・フィードバック回路に突入してしまうのではないか。
断食→宗教→強迫傾向・魔術的思考。宗教なき現代では、拒食というむき出しの形で表現される。
1202
マスコミは情報を濃縮する。
一人の人間が一生のうちに一度見聞きするかどうかの事件が毎日のように報道される。当然世界の解釈は変化するだろう。
1203
閉所恐怖
たとえば棺桶に閉じ込められる恐怖。また、棺桶を焼却炉に入れるときの、閉所に閉じ込められる感覚。
1204
不眠症
入眠障害 55%
中途覚醒 15
早朝覚醒 3
熟眠障害 8
二つ以上のタイプの睡眠障害を持つ人は20%。
1205
不眠症の原因
睡眠時の環境……音や光
身体因子……腰痛など。睡眠時無呼吸症候群。
脳病……高血圧、動脈硬化、脳梗塞など。
精神病
神経症
心理的ストレス……過緊張
老人性……睡眠リズムの変化。退職、生きがい喪失、孤独、貧困、病気などが心理的ストレスになる。
薬物・アルコール
睡眠相遅延症候群……入眠も覚醒も遅れる。学生や青年期に見られる。
睡眠相前進症候群……入眠も覚醒も前進する。老人に見られる。
1206
何時間眠っていればいいのか?
これは充分な睡眠とは何かという問と考えることができる。そしてこの問いに答えるためには、何のために眠るのかについて考えることが必要である。
心と体の疲労回復。睡眠中にホルモンの調節。たとえば成長ホルモンは睡眠中にたくさん分泌される。
副交感神経系が優位となる時間。交感神経の休息の時間(しかしレム期には交感神経優位となっているなど複雑である)。
1207
脳波
脳神経細胞が発する微弱な電流を頭皮部分で測定したもの。一ボルトの百万分の一がマイクロボルトであり、α波の場合には50マイクロボルト程度の振幅である。
〜3 デルタ波
4〜7 シーター波
8〜13 α波
14〜 β波
1208
脳の三層構造
脳幹 古皮質 食欲、呼吸、性欲など
大脳辺縁系 旧皮質 情動、自律神経など
大脳皮質 新皮質 知性、理性、意志。
上行性脳幹部網様体……脳の三層構造をつなぐようにして網様体がある。下行性の線維は運動系にいたり、上行性の線維は感覚情報を大脳辺縁系や大脳皮質に伝える働きをしている。
睡眠と覚醒の中枢は網様体にある。無意味で単調な音の連続(たとえば退屈な講義)は眠りを誘い、予想外の音は意識を覚醒させる。これは上行性の信号が網様体を活性化し、意識の覚醒レベルを上昇させるからである。
睡眠中にまぶたは閉じているのに、耳は開いたままである。外部の音はモニターし続けている。何か音が聞こえたときに、すぐに飛び起きなければならない緊急の音なのか、眠り続けていていい音なのか、意識の下層で判断をしている。これをフィルター仮説という。カクテル効果もフィルター効果の一つと考えてよいだろう。
間脳視床下部前部と視索前野はノンレム睡眠と関連があり、一方レム睡眠に関係するのは橋の一部であると考えられている。ノンレムは縫線核のセロトニンが、レムは青斑核のノルアドレナリンが関与しているとされる。
1209
ノンレム 副交感 セロトニン
レム 交感 ノルアドレナリン
1210
レム睡眠を発見したクライトマンの睡眠の定義。「覚醒状態の一時的な停止。睡眠の特徴は、一般感覚と反射の閾値の上昇による感覚と運動の停止である。睡眠は、覚醒可能である点で、意識障害と区別される。」(翻訳が疑わしいので加工)
要点は感覚の閾値の上昇である。つまり、フィルターとして別のものを用いているということだ。
1211
子供 成人 老人
レム周期 40分 90分
多相性 単相性(日に一度寝る) 多相性
レム50% 大部分ノンレム
短時間睡眠
早寝早起き
熟眠感に乏しい
レム時間 8 1
ノンレム時間 8 5
トータル 16 6
1212
不眠防止
・明るく楽天的に暮らす
・こだわらず時を待つ(啼くまで待とうほととぎす)
・眠れないのではないかという予期不安を捨てる
・個人差を認め、自分なりのリズムで生活する
・気にかかることは寝る前に片付ける
・夕方は不快なムードを避ける
・自律訓練法もよい
・眠ることが人生の目的になってしまうのは本末転倒である。
1213
眠れないときの酒
入眠剤として用いる人がいる。人に不眠を相談すると酒を勧める人も多い。その害としては次のようなものがある。
・アルコールは睡眠を浅くする。レム期の減少。入眠できたとしても中途覚醒が多い。
・口渇、排尿、頭痛などで目覚める。アルコールには利尿作用があるので、睡眠途中に尿意を催して目覚める。
・アルコール依存の危険。肝障害の危険。
・ストレスが持続している場合、アルコールによって現実が変えられるわけではなく、明日も同じストレスが続く。したがって、持続的飲酒に陥る場合が多い。
1214
睡眠薬の習慣性の二種・心理的依存と身体的依存
心理的依存……のまないと落ち着かないが、たとえば偽薬でもよいし、忙しくてのみ忘れればそれでもいい。
身体的依存……一定以上の血中アルコール濃度であることが普通だと体が錯覚している状態。アルコール濃度が低くなると、不安になったり手指が震えたりする。しだいに必要アルコール量が増える傾向がある。禁酒は禁断症状をひきおこす。
1215
不眠症と胃・十二指腸潰瘍
心理的ストレスと不眠症と胃・十二指腸潰瘍は相伴うことが多い。不眠症が心理的ストレスとなり、潰瘍形成に至ることもあるし、潰瘍に悩んでいるうちに不眠症になることもある。
1216
不眠症と高血圧
不眠が続いているとそれだけで血圧は上昇する。
睡眠中は血圧は低下する。高血圧の人は正常血圧の人と比較して睡眠中の血圧低下の程度が大きい。このことは睡眠の効果を示すものでもあるが、睡眠中と覚醒時の血圧差の大きいことを示すものでもある。血圧差が大きすぎると血管には負担がかかり危険である。
動脈硬化症の症状として不眠が見られる場合がある。
1217
よい睡眠は身体と心理の両者がよいバランスで、欠けたものがない場合に成立する。身体に病気がない、心理的に過度のストレスがないという、いわばマイナス条件がないということが前提となる。さらに、適度の身体的疲労があり、適度の心理的疲労がある、人生の達成感があり、明日への希望があるといった次元の要素まで問題になる。
これらの条件はなかなか成立しがたいものである。逆に言えば、だからこそ、睡眠は心身の状態を把握する大変敏感な指標となる。医師は睡眠状態についての情報から多くのことを知ることができる。
1218
老年期の不眠
・全体の睡眠時間が短くなることに加えて、多相性睡眠となり、昼寝が多くなるので、夜の睡眠はさらに短くなる。睡眠時間を老年期以前と比較して、睡眠が足りないと感じる場合がある。
・また、睡眠相は前進しており、早寝・早起きになる。このことも、自分は充分に眠れていないのではないかと疑わせる。
・脳疾患や身体疾患がある場合がある。脳動脈硬化症、脳梗塞、高血圧、心機能不全、糖尿病、腎臓疾患(頻尿など)、糖尿病、皮膚掻痒症などが問題となる。
・老年期うつ病の場合。老年期のうつ病は少なくない。しかも治療可能であるから、見逃してはいけない。
・老年期痴呆の場合、睡眠リズムの崩れがしばしば見られる。
・一人暮らしの老人の場合など、夕御飯が終わるともう何もすることがない。話相手はいない。テレビを見てもつまらない。電話は耳が遠くておっくうである。話題もない。それで早く寝ると深夜に目が覚めてしまう。解決は寂しさをどう癒すかにかかっているのだが、簡単な対策はない。老人会などで活発に活動しているように見えても、なおこうした問題が付きまとう。
・都営住宅の上の階の子供が夜の十時くらいまでうるさくて眠れないと語る一人暮らしの老人。耳栓もするし、夜は静かにして下さいとお願いもした。しかし解決しない。眠れないまま何時間も布団の中で苦しんでいるという。癒すべきは寂しさであると思われた。しかし解決は難しい。
・また、夫婦がそろっていても、子供や孫と同居していても、それなりに問題はあるものだ。自分が弱者の立場に立ってみて、はじめて直面する問題があるらしい。
1219
心の手入れ
時間がたてば爪や髪の毛が伸びるので手入れしなければならない。古代人の場合には恐らく爪も髪も自然にすり減ってちょうどよい長さになっていたものであろう。現代の生活では手入れする必要がある。
心の場合にはどうか。過度のストレスは人類が経験したことのない種類のものであろう。かつては必要のなかったはずの、カウンセリングやリラクゼーションが必要な状況になっている。
1220
老人の精神衛生管理の大切さ。
今後老人人口はますます増える。会社会長、社長はいうまでもなく、教授、院長など重要な方針決定権を握る人たちの老齢化が進行する。
老人は自分で気付かないうちに脳が冒されている場合がある。結果として判断の誤りが発生する。その誤りに周囲が気付いたとして、どのような対策をとることができるか。それが今後の日本社会で重要になる。それは組織を守るために本質的に重要である。
問題は、老人本人に病識がない場合である。どうするか、制度として決めておかなければ対応しきれないだろう。たとえば、会社の内部の利害から独立した立場の判定医に定期的に検診を依託するなどの必要があるだろう。
制度として決めていない場合、臨機応変の対応は結局人事抗争になってしまうおそれがある。
1221
老年痴呆と老年期痴呆の区別を分かりやすく示すこと。
老年痴呆は病名。アルツハイマー型老年痴呆のこと。
老年期痴呆は老年期、つまり65歳以降の痴呆症状のこと。
1222
DSMでの痴呆
記憶障害の他に、(1)抽象的思考の障害(たとえば諺)、(2)判断の障害(たとえば是非善悪)、(3)その他の高次大脳皮質障害・たとえば失語、失行、失認、構成障害、(4)性格変化の四つのうちいずれかがあること。
1223
痴呆というからには、意識障害やうつ状態は除外されている。偶然重複することはあり得るにしても。
1224
痴呆の分類(松下)
?皮質性痴呆
?皮質下性痴呆
?辺縁性痴呆
?白質性痴呆
脳を大まかに、大脳皮質、大脳白質、皮質下核、辺縁系、小脳、脊髄に分ける。そのそれぞれの部分で病変があったときに、上のような名前を付ける。
皮質下核とは、基底核、視床、視床下部、脳幹を合わせて呼ぶもの。(つまり基底核、間脳、脳幹)
1225
痴呆の分類
?皮質性痴呆
A 前皮質性痴呆:ピック病、クロイツフェルト・ヤコブ病、脳血管性痴呆、頭部外傷、脳腫瘍など。
B 後皮質性痴呆:アルツハイマー病、クロイツフェルト・ヤコブ病、脳血管性痴呆、脳腫瘍など。
?皮質下性痴呆
ハンチントン病、パーキンソン病、進行性核上麻痺、視床変性症、淡蒼球・歯状核変性症、オリーブ核・橋・小脳変性症、線条体・黒質変性症、脳腫瘍、ウィルソン病、脳血管性痴呆など。どれも神経症状を主とするが、痴呆や人格障害などの精神症状を伴い、しかも精神症状は病気の種類を問わず共通していることが注目されている。この、共通してみられる症状を皮質下痴呆と呼ぶ。
その特徴は、際だった人格・性格・感情の変化(幼稚化、抑制欠如、易怒、無感動)、精神機能の緩慢化、獲得している知識活用のまずさ、意欲・自発性の欠如、注意力障害、軽度の記憶障害。言語、行為、認識の障害は皮質性痴呆の特徴であり、皮質下性痴呆ではみられない。
?辺縁性痴呆
ウェルニッケ・コルサコフ症候群、ヘルペス脳炎、脳血管性痴呆、正常圧水頭症、頭部外傷など。
?白質性痴呆または髄質性痴呆
ビンスワンガー型脳血管性痴呆、白質変性症、頭部外傷、那須・ハコラ病など。
1226
アルツハイマー病の経過。
第一期。発症から数年。記憶障害の時期。
健忘(記銘障害、学習障害)、コルサコフ症候群、失見当識、意欲障害、無欲、抑うつ
第二期。大脳皮質機能の障害。
記憶・記銘の著明な障害、喚語障害、失名詞、理解力障害、会話不成立、構成失行、着衣失行、観念運動失行、観念失行、視空間失認、地誌的見当識障害、人物誤認、失計算、無関心、無欲、無頓着、多幸症、落ち着きなさ、徘徊、人格の形骸化(表面的にはまとまっている)、「もっともらしさ」、鏡現象(鏡に映る自分に向かって話しかける)、クリューバー・ビューシー症候群(手に触ったものは何でも口にする、精神盲)、痙攣、姿勢異常、筋固縮、パーキンソニズムなどの神経学的症状。
第三期。
失外套症候群、言語崩壊、無欲、無動、寝たきり、四肢固縮。
全体で十年から十五年で死に至る。
1227
中核症状……記憶障害、判断力障害、高次精神機能(言語、行為、認識)……治療困難
辺縁症状……意欲減退、自発性低下、行動異常、徘徊、睡眠障害……薬剤や生活指導、ケア。
1228
アルツハイマー病の三大病変
神経細胞消失、神経原線維変化、老人斑。これはアルツハイマー病だけではなく、あらゆる老人の脳で観察される。この三者を「老人性変化」と称することもある。アルツハイマー病では脳の後半部により強い変化が見られる。特に、記憶の中枢といわれる辺縁系(海馬、海馬傍回、扁桃体)、失語・失行・失認に関係する側頭・頭頂葉が病変の主な出現部位である。これらの場所の病変がアルツハイマー病の症状の特徴となっている。しかしピック病などに比較すれば、全体的な病変である。
1229
アルツハイマー病の生化学
アセチルコリンの異常が有名。ほかにセロトニン、ノルアドレナリン、ソマトスタチンなどの異常も明らかにされている。
1230
ピック病
アルツハイマーに比べれば限局的。側頭葉と前頭葉がおかされやすい。頭頂葉と後頭葉などの脳の後半部がおかされることは稀である。神経細胞の消失、変性は起こるが、神経原線維変化や老人斑は出現しない。
症状としては、人格や性格の変化、自制心の欠如、反道徳的行為や万引き、盗みなどの犯罪行為、状況判断の誤り、対人関係の障害、感情障害(喜怒哀楽の欠如)、言語障害が病初期から見られる。進行とともに記憶、知能もおかされ、最終的には失外套症候群に至る。八〜十二年の経過で死に至る。家族性や遺伝性はない。
1231
大脳皮質の神経細胞数は140億個、20歳を過ぎると、一日に10万個失われる。90歳になると約半分になる。
脳の前半部分の方が老化により失われやすい。しかし、半分になった程度では機能に障害は見られない。
実際に数えるのは単位面積当たりの細胞数であり、つまり密度である。痴呆脳では萎縮があるから、細胞密度ではなく、細胞実数が欲しい。しかしそれでもさほど顕著には減っていないのだとの報告も多い。つまり、半分程度になるだけだとのことである。
細胞数が減少しても、正常老人では一個の神経細胞がたくさんの神経突起を延ばして、細胞数の減少を補っている。
黒質では細胞数が10%程度になると顕著なパーキンソン症状が見られるようになる。軽度の症状は20%程度から見られるようになる。一つ一つの細胞が以前よりも多くの神経伝達物質を産生していて、細胞数の減少を補っている。
1232
脳移植
パーキンソン病などの場合、神経栄養因子が導入されるためではないかとの推定もある。わずかに残存していた神経細胞が外来の栄養因子によって活性化されると考える。
1233
低体温療法
脳血管障害や脳外傷の場合に有効であるという。分裂病の場合にも、脳神経細胞の異常興奮が起こっているわけだから、低体温療法が有効かも知れない。昔から、「頭を冷やせ」といわれるし、滝に打たれたりもするではないか。
1234
離人症という言葉について
離人症という言葉を見て何を思い浮かべるだろうか。
?「人から離れる」だから、「自分から離れてしまう」のか「他人から離れてしまう」のか、引きこもりとか自閉とかそんなことと同じではないか。
言葉は内容を表現するものだと信じている人の素朴な意見である。本来そうであるべきだが、いろいろと事情があって漢字の意味と言葉の内容が一致しないこともある。「離人」の言葉はよくないから、現実感喪失とか有情感喪失などの言葉も提案されているが習慣だから仕方がない。なお「自閉」の言葉も漢字の意味から推定される内容とは少しずれているので注意が必要である。
?幽体離脱のこと。魂が身体から離れること。
これも少数ながら聞かれる意見である。やや意味をとらえているところもあるが、本質的には全く無関係である。
このように言葉からはイメージしにくいのが離人症である。現実感喪失、実感喪失というが、「とても疲れたときにふと現実感喪失に近い感じになる」と語られるときの現実感喪失と同じなのか似ているのか、これは軽度の離人なのか、体験として連続しているのか、よくわからない。人間の内的体験に言葉をあてることは実に困難である。
1235
一過性脳虚血発作
TIA:transient ischemic attack
一過性の脳虚血発作により脳局所症候が生じ、24時間以内に完全に回復する場合を言う。5〜15分程度で回復することが多い。微小塞栓、盗血現象(鎖骨下動脈でみられる)、血管圧迫などが原因となる。内頚動脈と椎骨脳底動脈で症状が異なる。
症状として多いのは軽い意識障害であり短時間のうちに回復する。しかし一過性脳虚血発作を繰り返しているうちに脳梗塞(脳軟化)が起こるので注意が必要である。
海馬付近で虚血発作が起こると一過性全体健忘(TGA:transient global amnesia)が見られる。中年以降に突然起こる後遺症のない前行性健忘で、逆行性健忘をも伴う。海馬が短期記憶の一時的プールであることを推定させる現象である。
1236
打ち消し
undoing
=取り消し
フロイトがあげた防衛機制の一つ。不安や罪悪感のために隔離された情動を、さらに取り消すために償い行動が見られること。不安や罪悪感を伴う行動を、情動が伴わなくなるまで反復し続ける。たとえば他人を攻撃したあとで、反対に非常に親切にしたりする。汚れたものを触ったあとで何度も手を洗う。これが洗浄強迫につながるといわれる。
1237
甘いレモン
防衛機制の一つで、「すっぱいぶどう」の逆。レモンは酸っぱいと思ったが、思ったよりも甘かったと自分を納得させる。
不本意な状況を自分に納得させるために、この状況も思ったほどは悪くないごまかして考えるメカニズム。たとえば「この職場は絶対にいやだと思っていたが、実際には思ったより自分に合っていた」と考えて落ち着こうとする心の動き。
1238
甘え
土居健郎著「甘えの構造」で一般に有名になった。精神分析を背景とした考え方で、英米では受身的対象愛(passive object love)や一次的愛(primary love)の語をあてている。英米では日常語にないのに日本語では「甘え」という一般になじみの深い言葉があるところから、日本人のパーソナリティの特質を理解しようと試みた。臨床の用語として充分に一般化しているわけではない。
1239
アパシー・シンドローム
apathy syndrome
アパシー(apathy)は一般には感情鈍麻や無感情のことであるが、狭くはステューデント・アパシーをはじめとする退却神経症を指すことがある。留年している大学生、登校拒否者、職場拒否者などの分析から、本業には打ち込む気力がなくなり退却するがアルバイトや趣味には熱心になることがある人々と指摘されている。この選択的退却に注目して、退却神経症と呼ぶ(withdrawal neurosis,avoidant neurosis)。ただし分裂病とうつ病は除外する必要がある。
病前性格として特有の傾向があると指摘されている。真面目、おとなしい、手のかからないいい子、礼儀正しい。頑固、強情、融通がきかない、強迫的、几帳面、完全主義。小心、攻撃性欠如、積極性欠如。自尊心が高いので敗北と屈辱を異常なほどに嫌がる。勝負する前に降りてしまうことがある。
1240
退却神経症
withdrawal neurosis,avoidant neurosis
→アパシー・シンドローム
1241
アルコール幻覚症
alcohol hallucination,alcoholic hallucinosis
一般のアルコール離脱症候群とは別のもので、アルコール依存症者で大量飲酒に引き続いて急激に発症する、幻聴を中心とする特有の幻覚状態。本質についての議論は見解が分かれていて、?離脱症状の特殊型、?潜在していた精神分裂病が顕在化したもの、?独立の器質性精神病、などの考え方がある。「殺される」などの被害的・迫害的な幻聴があり、自殺、自傷、遁走、放火、他害などの問題行動を引き起こすことがある。たとえば自分の腕をノコギリで切るなどの取り返しのつかない悲惨な行動化を引き起こす可能性があることに注意する必要がある。大部分は数週内に治癒するが、一部は慢性の妄想状態に移行する。
1242
アルコール性痴呆
alcoholic dementia
アルコール中毒症者の10%が痴呆症になるとのデータがある。アルコール中毒症者はビタミンB1欠乏によりウェルニッケ・コルサコフ脳症になり、ニコチン酸欠乏によりペラグラ脳症になり、肝障害にともなって肝性脳症をおこす。これらが広義のアルコール性痴呆に含まれるが、このほかに、栄養障害や肝臓障害がなくても痴呆を呈するものがあり、これを狭義のアルコール性痴呆と呼ぶ。記憶障害、判断力低下、感情鈍麻などがみられる。CTでは前頭葉を中心とする脳萎縮所見が確認されている。またアルコール中毒症者には特有の認識の甘さ、自己正当化、思考の貧困、感情変化などがみられ、痴呆ほどではないが単なる性格変化よりも深い、器質性の変化を想定させる面もある。これらも前頭葉を中心とする脳萎縮所見と関連しているらしい。脳萎縮は断酒により改善傾向を示すことが特徴である。
1243
核家族
nuclear family
大家族に対して、夫婦と子供だけで構成されている家族。治療環境を考える上で大切な視点である。精神病患者の場合でも、おじ・おばの立場での交流が救いになることがあると指摘される。また、母親に充分な母親機能がない場合でも、昔は大家族内の女性が代行したが、現在では母親の機能欠損が直接に子供に影響してしまう。入院治療後、症状が安定しても退院できない原因のひとつとして、支える家族がいないことがあげられる。おじ・おばが患者を引き取ることは少ない。
1244
ガンに対する精神療法
?神経系と免疫系の密接な関係を背景として精神面から免疫系を活性化する試みがある。未来に希望を持つこと、人生の目的を持つこと、動物と触れ合うこと(アニマル・セラピー)などがガンの治療に際して有効であるとされる。また、イメージ療法として、自分の免疫細胞がガン細胞を攻撃して打ち勝つ様子を思い浮かべることが有効で、実際に免疫系が活発になるとの実験がある。
免疫系と神経系の類似については、伝達物質とレセプター、記憶作用など不思議なくらいの類似があり、発生は同根のものではないかとの推定もある。この分野を神経免疫学という。
?自分や配偶者がガンであると知ったときの絶望に対する心理的ケアも大切な分野である。
キュブラー・ロスによる悲嘆のプロセスは、?拒絶?怒り?取り引き(神との取り引き)?抑うつ?受容。
アルフォンス・デーケンの悲嘆の12段階は、?マヒ状態?否認?パニック?怒りと不当感?敵意と恨み?罪意識?空想と幻想?孤独感と抑うつ?精神的混乱と無関心?あきらめ・受容?新しい希望・ユーモアと笑いの再発見?立ち直り・新しいアイデンティティ。
患者や家族がこれら諸段階のどのあたりにいるかを考慮しつつ援助するのがよい。
1245
言語障害
speech and language disorder
さまざまな疾患でさまざまな種類の言語障害があらわれる。人間の生活にとって重要である分、悩みも大きい。したがってスピーチセラピストは大切な仕事である。神経科精神科領域に限っていえば、まず痴呆に伴う言語障害が重要である。言語のやりとりが不自由になると日常生活が急激に不自由になる。最近はハイテク製品がこれらの障害を補ってくれることもあるので積極的に利用したい。次に向精神薬の副作用によりろれつが回らなくなる症状があげられる。不可逆的ではないので、生活に決定的な支障が起こらない限りはしばらくのあいだ我慢していただくことが多い。
1246
初老期痴呆
presenile dementia
初老期(65歳以前のこと)に始まる原因不明の痴呆のこと。そのなかである程度疾患の輪郭の知られている有名なものにはアルツハイマー病とピック病がある。アルツハイマー病は健忘が、ピック病は人格変化が顕著である。年齢で分ける趣旨は、50歳台の痴呆は大事件だが90歳台の痴呆はあまり驚かないので、やはり病気としても違うだろうという素朴な直感に基づいている。アルツハイマータイプのものでは顕微鏡による病理所見からみて、初老期と老年期に明白な違いはないとする多数意見と、症状・経過から両者はやはり別のものだとする少数意見がある。多数意見によれば、初老期痴呆と老年期痴呆を区別する理由はあまりないことになる。
1247
水銀中毒
mercury poisoning
無機水銀と有機水銀が原因になる。水俣病はメチル水銀化合物が工場→排水→魚介→人間の経路で体内に取り込まれて発症した。症状は小脳性運動失調、意識障害、知能障害などである。魚をたくさん食べる猫にまず歩行困難が見られた。子供に大きく育って欲しいと願い魚をたくさん食べさせた家庭ではまず子供に症状が現れた。妊婦が丈夫な赤ちゃんをと願って魚をたくさん食べた場合の胎児性水俣病では高度の知能障害が見られた。無機水銀中毒による急性症状に対しては胃洗浄などを施す。昔は消毒剤の昇汞を自殺目的でのむ人がいた。
1248
成長と分裂病
人間は子供時代に生物として一応の完成をする。子供は平屋で、大人は二階建てのようなものだ。大人になるにあたって、新しい適応が必要になる。異性を見つけたり仕事に就いたりするときには、子供時代の行動様式を部分的に捨てなければならない。子供時代に完成したものの一部を解体して、二階部分の建設を始める。いわば「建て替え」が起こる。それがうまく行かない場合に分裂病の危険がある。
1249
脳の病理学的変化
脳に起こる病理学的変化としては、血管障害、炎症、腫瘍、変性、代謝障害、先天性異常などがあげられる。これらは器質因または外因と分類される。一方、原因不明の分裂病性変化、躁うつ病性変化および非定型精神病性変化を内因と呼ぶ。何が起こっているのかは分からないが、器質性の病変を想定する意見が多い。また、実際に脳組織に病理学的変化がないのに症状が起こると考えられているものが神経症である。
1250
脳血管障害
cerebrovascular disorder
脳の血管障害には脳梗塞、一過性脳虚血発作、頭蓋内出血、高血圧性脳症、脳静脈血栓症、脳動脈炎症性疾患、血管奇形、血管発育異常などが含まれる。高血圧や心臓病、糖尿病などが基礎にある場合には脳血管障害を疑い脳CTやMRIを診断の参考にする。脳梗塞には血栓性と梗塞性があり、血栓性脳梗塞はその部位の動脈内壁が粥状硬化を呈しその結果詰まるものであり、塞栓性脳梗塞はたとえば心臓などの脳以外の部位から塞栓が飛んできて詰まるものである。おおむね急性発症が特色であるが、多発性脳梗塞の場合には段階的に増悪する痴呆となる。
1251
脳腫瘍
brain tumor
脳に腫瘍ができると頭蓋内圧亢進症状と脳局所症状が現れる。頭蓋内圧亢進症状では頭痛、嘔吐、うっ血乳頭の三主徴が有名である。早朝からの頭痛、噴射性の嘔吐などの特徴がある。局所症状としては前頭葉でモリア(moria:諧謔症、多幸的・軽率・抑制欠如の状態)、側頭葉で記憶障害、頭頂葉で失行・失認、後頭葉で視覚失認などさまざまなものが発生する。
頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma)はレントゲン写真で歯が見えることがあるので有名である。
下垂体腺腫(pituitary adenoma)ではホルモン産生腫瘍の場合がある。副腎皮質刺激ホルモン産生腫瘍では副腎皮質ホルモン過剰となり、肥満・満月様顔貌(ムーンフェイス)となり精神的にも躁またはうつを呈することがある。乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)産生腫瘍ではおっぱいが出る。成長ホルモン分泌腫瘍では末端肥大症になる。下垂体腫瘍は視神経を圧迫して視野欠損を引き起こすことがある。
子供の頃から成長ホルモンの産生が多いと巨人症になりスポーツには有利であるが、下垂体が視神経を圧迫すると、両耳側半盲となり視野の外側が欠けてしまうことがある。野球でピッチャーをしてもセットポジションで視野のすみに一塁ランナーを見ることができない。
1252
人格を変える薬の不安
「薬は自分を変えてしまう」という不安は根強いようだ。日本人は自分を変えてしまうことには恐怖を感じていて、できれば自分をいまのままで強くして、困難を乗り切りたいと願っている。そうした点から、日本人にはドリンク剤やビタミン剤が好まれ精神科薬剤は敬遠される傾向がある。ひとつには精神科薬剤がまるで覚醒剤や麻薬のように自分を変えてしまうとの誤解が根底にあるらしい。しかし薬の効き目はたいていは不安を少し遠ざけるだけだ。薬で少しだけ楽にして、時間をかせいでいれば自分の身体の内部に備わっている自然な治癒能力が働いて、精神を調整してくれる。精神そのものにメスを入れているようなものではないので安心してよい。
1253
クロイツフェルト・ヤコブ病
Creutzfeldt-Jakob disease
大多数は初老期に発症し、痴呆、幻覚、運動麻痺などを呈し、二年以内くらいで死に至る。脳に海綿状(スポンジ状)変性が起こる。このため、亜急性海綿状脳症の別名がある。かつて初老期痴呆の一種と思われていたが、感染性のものであることがわかり、プリオン(PRION:proteinaceous infectious particles:蛋白性感染粒子)によるものではないかと考えられている。移植によってうつることから、移植性痴呆ともいわれる。イギリスの狂牛病、羊の脳病(スクレーピー)、クールーもプリオンによるのではないかと疑われており、どれも予後不良である。
1254
既視感と未視感
de’ja’ vu and jamais vu
初めて見る情景のはずなのに既に見たことがあるように感じるのが既視感で、逆に、見たことがあるはずなのに初めて見るもののように感じるのが未視感である。体験の構造にまで言及した表現ではないので、疾患に特異性はないし、そもそもこの体験自体は健康者にも起こり、病的体験とはいえない。
しかし既視感が不思議な感じがすることは確かで、前世で体験したことだとか、個人の意識を超えた記憶がよみがえるのだと考える人たちもいる。情景そのものが同一なのではなく、情景が喚起する内的体験が同一の構造をとっており、それゆえ軽い錯覚が起こるのだと推定される面もある。また、視覚に限らず、体験について既体験感を感じることがある。既視感に比べれば、未視感に出会うことは少ないようである。
分裂病での妄想気分に関連した世界変容感や知覚変容感も未視感と似たような訴えとして表現される。「見慣れた道で、実際このあいだまでと同じなのに、でも何かがすっかり変わってしまった。同じだけれど、見たことのない街のようだ」などと語る。しかしこれは未視感とは呼ばない。
1255
仮面うつ病
masked depression
うつ病の症状にはおっくう、ゆううつ、いらいら・不安などの精神症状と、不眠、食欲減退、便秘、めまい、痛み、肩こり、各種自律神経症状などの身体症状がある。うつ病の中で、精神症状は前景に立たず身体症状のみが訴えられるタイプのものを仮面うつ病と呼ぶ。生活歴・病前性格・現病歴の聴取の上、経過の特徴(相性出現)、日内変動、抗うつ剤への反応などを総合して診断される。薬剤は普通のうつ病と同じく抗うつ薬や抗不安薬が役立つ。うつ病が身体症状の仮面をかぶってあらわれるという意味あいで仮面うつ病といい、抑うつなきうつ病ともいう。身体症状を訴えるものでも、心身症はストレス性障害であり、仮面うつ病は内因性うつ病のひとつのタイプと考えられる。
1256
カフェイン
caffein
精神刺激剤のひとつで、アメリカではコーヒー、イギリスでは紅茶、ブラジルではガラナ(guarana)、日本では緑茶として摂取している。チョコレートやコーラ飲料にも含まれている。心臓刺激作用もある。サイクリックAMPを分解する酵素を阻害するので、結局サイクリックAMPが増加して刺激効果をうむ。大量使用ではセロトニンに影響を与える。
カフェイン量の目安としては、
カフェイン錠剤1粒 30-100mg
コカコーラ1杯 30-50mg
紅茶1カップ 30-100mg
コーヒー1カップ 70-150mg
一日250mgを超えたら注意する。依存になると神経過敏や胃腸症状が現れる。カフェインは身体依存はないが精神依存がある。
1257
両価性
ambivalence
ブロイラーが精神分裂病診断の手がかりとしてあげた4Aのひとつ。健常状態でもアンビバレンスはみられ、たとえば父を愛すると同時に憎んだりする。それに対して病的アンビバレンスは現実チャンネルと妄想チャンネルの二つが矛盾しながら両立している状態である。
1258
了解
シュナイダーは表層での了解と深層からの了解を区別した。
表層での了解は、患者の話を聞いていて自然に平明に了解できる次元のことで、子供の頃の様子や近頃の環境が現在の辛さをつくり出していると考えられるものである。表層での了解には発生的了解と静的了解とがある。時間をさかのぼった原因から現在の状態が了解される場合には、発生的了解である。現在の状況から現在の辛さが了解できるならば、静的了解である。
深層からの了解はたとえば精神分析のように、無意識の層の力動から理解されるものである。ヤスパースは了解不能なものは説明が可能なだけであり、精神病は了解不可能であるとした。了解可能性の理論は了解する側の了解能力に左右される場合がある。了解能力が不足しているがゆえに了解できない場合もある。逆に、本来了解し得ないはずのものを私には了解できると思っている場合もある。
1259
失行
apraxia
運動麻痺などはないのに、すでに学習されて修得されている動作ができなくなること。運動失行、観念失行、構成失行、着衣失行などが知られている。脳血管障害や痴呆などでみられる。
運動失行
motor apraxia
身についていたはずの動作が拙劣となる現象。指の巧緻運動の障害は手指失行、麻痺はないのに足が動かないのは歩行失行である。
観念失行
ideational apraxia
たとえば、たばこに火をつけることを目的とする動作の場合、マッチを取り出す、マッチをこする、たばこの先に火をつけるなどの部分的な動作はできるのに、たばこに火をつけるという一連の動作として完成することができなくなる場合をいう。運動の企画そのものができなくなるもので、優位半球頭頂葉病変による。
構成失行
constructional apraxia
幾何学的図形を構成することができなくなる。たとえば、紙に家を描くことができない、積木で立体をつくることができないなど。図形の全体の構成を頭のなかで把握できなくなるためと思われる。
着衣失行
dressing apraxia
着衣、脱衣が困難になるが、運動障害などはない。ズボンを頭にかぶったりする。痴呆症などで見られることがある。
1260
反動形成
reaction formation
衝動が強烈な場合、普通に抑圧するだけでは不十分なので、衝動とは正反対の行動を選択することでさらに強く抑圧し不安から逃れようとすること。たとえば相手に対する攻撃性を抑圧すれば中立的な態度になるが、通常の抑圧では不完全であると考えられるとき、攻撃とは逆の態度である慇懃な態度になる。このとき適切な慇懃さではなく、どこかしら不自然で、鎧の下から攻撃性が透けて見えて、慇懃無礼と言うべき状態になることがあると指摘される。強迫神経症との関連をフロイトが指摘したので有名であるが、現代では強迫症が反動形成によるとは必ずしも考えられていない。
1261
ボーダーライン
borderline
本来は境界線であるが、特に境界型人格障害を指すことがある。
1262
ボーダーラインシフト
市橋の提案した境界型人格障害に対する治療体制のこと。境界型人格障害の人はまわりの人たちの人間関係を混乱させる傾向がある。医療関係ではスタッフ間の対立や誤解を引き起こす。これに対処するためにはスタッフ間の密なミーティングにより情報をもれなく交換し統一のとれた患者対応をする必要がある。こういった固い治療構造をボーダーラインシフトと呼んでいる。
1263
薬を何で飲むか
たいていは水または白湯で飲むように指示される。お茶で飲むとタンニンが薬の働きを悪くするといわれるし、牛乳は胃壁を保護してしまうので吸収を妨げるといわれる。グレープフルーツジュースで飲むと薬が効きすぎる場合がある。とはいうものの、水は味の点で問題がある場合もあるので、ほのかに甘いアイソトニックウォーターで飲むのが評判がいい。
1264
コラム
慢性患者とつきあうことの意味
精神病院で生活している患者さんとつきあうことは、特別の意味がある。身体の病気で入院する場合には一時避難であり、普通の生活からの一時停車である。入院生活は仮の生活であり、本当の生活は別にある。患者の人生にとって大切な人は病院の外にいるのが普通である。ところが精神病の長期入院患者の場合には入院生活こそが本当の生活である。したがって入院生活で出会う医者や看護婦の、患者の人生における意味は大きい。日々診察したりレクリエーションしたりしていること、それは仮の人生ではなく、患者の本当の人生そのものである。そこが精神病棟の特質である。
1265
ナルコレプシー
narcolepsy
多彩な症状を示す過眠症のひとつで、ナルコレプシー・カタプレクシーともいう。ナルコ=睡眠、レプシー=発作である。同一家族内に発生することが多くDNA研究が進められている。運転中や麻雀などをしているさなかに急に睡眠発作を起こしたり、大笑いしたときにがくっと崩れる脱力発作を起こす(情動性筋緊張消失:カタプレキシー)、入眠時幻覚、睡眠麻痺(入眠直前や覚醒直後に体が動かせない)、脳波では入眠時レム脳波、逆説的α波抑制(開眼するとα波が増える所見)などが見られる。患者は人口の0.02〜0.09%、米国では50万人もいるという。患者に昼に「眠ってください」と命じると5分以内に眠ると文献にはある。メチルフェニデートなどを試みる。患者会に「なるこ会」がある。過眠症の鑑別としては、いびきのひどい場合の睡眠時無呼吸症候群などがある。
1266
海馬(かいば)
hippocampus
側頭葉の下内側にある海馬は短期記憶の一時的メモリーと言われている。アルツハイマー病では病気の初期から海馬が萎縮しており、短期記憶が障害される。海馬はギリシャ・ローマ神話に出てくる上半身が馬、下半身がウナギのような姿をした怪物。海の神ポセイドンが乗り回していた。タツノオトシゴもhippocampusという。
1267
全般性不安障害
generalized anxiety disorder(GAD)
不安障害の中で不安発作(=恐慌発作 panic attack)のない慢性不安状態を主徴とするタイプのものを指す。いろいろな人生の出来事に際して広範で過剰な不安が慢性に続く状態で、不安の対象は変化し続け(浮動性:free-froating)るが、学業や仕事など不安になることが一般に理解可能なものに対しての不安である。精神症状だけではなく、身体症状も伴うことが多い。DSMで紹介された。
不安を主徴とする疾患を不安障害と呼び、不安発作(パニック)を呈する群(パニックディスオーダー)と不安発作なしに慢性不安状態を呈する群(全般性不安障害)とに二大別する。臨床場面では全般性不安障害と診断すべき場合がしばしばある。今後有用な診断カテゴリーである。
1268
神経伝達物質
neurotransmitter
神経細胞が次の神経細胞に興奮を伝達するとき、シナプス(接合部)前にあるシナプス小胞からシナプス間隙(すきま)に神経伝達物質が遊離され、シナプス後細胞にあるレセプター(受容体)にとらえられる。レセプター部分から興奮が細胞全体に伝えられる。神経伝達物質としては次のようなものがある。カテコールアミン類にはアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンがあり、インドールアミン類にはセロトニン(5-HT)、メラトニンがある。そのほかアセチルコリン、グルタミン酸、ガンマアミノ酪酸などがある。向精神薬はこれらの物質をコントロールすることによって効果を発揮する。
1269
経済環境と精神病・神経症
一般大衆が精神的不調になると精神病院に入れられ精神病として扱われる。脳が壊れたのだとされる。富裕な階級の人が精神的不調になると民間のクリニック(たとえばフロイトのクリニック)に通院し、神経症として治療を受ける。心理的ストレスが原因であるとされる。はたして病気が違うのだろうか?同じ病気なのに別の扱い方をしているのだろうか?患者の経済環境が病像と経過を変えているのではないか。このような議論が伝統的にある。
1270
執着気質
うつ病者が発病前から示す性格特徴。一度生じた感情が長く持続し増強することが基本特徴である。責任感が強い、仕事熱心、徹底的、熱中する、几帳面、正直、凝り性である。周囲からは模範的な人、確実な人と見られ、評価は高いことが多い。執着の着は横着、愛着などと同じで様子、さまのこと。
1271
退行期うつ病
involutional depression
初老期にみられるうつ病のこと。退行期は更年期と同じ。ただ年齢に注目しただけで、本質は普通のうつ病である。しかしながら初老期には肉体的衰え、精神的衰え、子供の独立、友人の死、退職などうつ病に傾く要因が様々にある。ひとことで言えばさまざまな喪失である。
1272
対人恐怖
socialphobia,anthrophobia
=社交恐怖
対人場面で過度に緊張してしまい、仕事がうまく行かないのではないかと恐れたり、友達関係が壊れるのではないかと恐れたりする恐怖症。人前で緊張したらどうしようかと予期して不安状態が続くようになったり(予期不安)、ついには対人場面を回避して生活するようになったりする。青年男子に好発する。日本で症例が多く研究も盛んである。
赤面恐怖や醜形恐怖、自己視線恐怖、自己臭恐怖などが含まれる。これらは自分の容貌の醜さや自分の視線が他人を不快な思いにさせるのではないかと恐れるもので、加害恐怖、さらには加害妄想とすべき場合もあり、重症対人恐怖症または思春期妄想症、自我漏洩症候群などと表現されることもある。
1273
心身症
psychosomatic disease(PSD)
広くは原因と治療に心理的因子が重要である病気。限定すれば、心因性で自律神経支配器官に症状が現れる病気。胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、気管支喘息、高血圧など非常にたくさんの病気が含まれる。治療は薬剤と各種精神療法を組み合わせる。
1274
デポ剤
時効性薬剤のこと。一度注射すれば一週間から四週間程度の持続的効果がある薬剤。薬の飲み忘れや拒薬に有効である。何よりも服薬の煩わしさから解放される。薬を飲むたびに自分は病人なのだと確認させられるのは辛いものだと語る患者もいる。
1275
実体的意識性
意識性とはある対象や事物が感覚的要素の媒介なしに一挙に体験される現象。実体的意識性とは、人や物の実体的な存在が感覚的要素の媒介なしに体験されること。分裂病で見られる。
物の存在の実感だけが、物の存在そのものを離れて意識される。たとえば、目の前に椅子はないのに、椅子の実在感・実感がまざまざと伝わってくること。「隣の部屋に確かに椅子がある」などとまざまざと実感される。離人感はものがあるのにその実感が失われている状態で、実体的意識性はものがないのにその実感が意識されている状態である。
1276
実存分析
Existenzanalyse
現存在分析分析を参照。現存在分析とほぼ同じ。
1277
被注察妄想
delusion of notice
=注察妄想、注視妄想
他者のまなざしにさらされ、見られていると感じる妄想。幻聴に対応するのは幻視ではなくて被注察妄想であるとする見解がある。他者が呼びかけによって病者に踏み込むのが幻聴で、他者がまなざしによって病者に踏み込むのが被注察妄想である。「他人の目が気になる」程度の訴えはうつ病でも神経症でも聞かれる。分裂病の被注察妄想との違いは「他人」の意味内容と被注察の構造であり、鑑別診断には注意深い問診が必要である。
1278
病態水準
level of psychopathology
患者の病気の重さがどの程度であるかについていう言葉。精神病レベル、境界レベル、神経症レベルを区別する。現実検討が失われ、精神病レベルの防衛機制が用いられているとき、精神病レベルの病態水準という。現実検討は保持され、神経症レベルの防衛機制が用いられているとき、神経症レベルの病態水準という。精神病レベルと神経症レベルを動揺するとき、境界レベルの病態水準という。ここで精神病レベルの防衛機制とは、外的現実を歪曲する方向の防衛機制で、神経症的防衛機制とは、内的現実を歪曲する方向の防衛機制である。
1279
パターナリズム
paternalism
父権主義。paterは父親、権威のこと。患者は病気についての専門的な知識はないのだから、医師が患者の身になって最善の判断を下し、患者はそれに従う。それは父親が子に対して善意からの助言をするのと同じである。自己決定を重視するインフォームドコンセントと対照的である。精神障害者の場合には判断能力の問題があるので問題は複雑になる。日本での伝統的な医師患者関係は、患者に全面的に信頼していただいて、医師は全面的な責任で応える形のパターナリズムであった。しかし慢性疾患や生活習慣病、ガンの終末期医療では患者の人生の選択の問題と関係する場合があり、パターナリズムとインフォームドコンセントを上手に複合させた態度が求められる。数年前に小便をのむ治療法が流行したときに困った経験がある。
1280
山あらしジレンマ
porcupine dilemma
ハリネズミジレンマともいう。二匹のハリネズミは寒いので寄り添おうとした。しかし近づきすぎると棘が刺さって痛い。離れたら寒い。ここにジレンマが成立する。しだいに最適な距離を学ぶ。人間関係も同様で、近付きすぎると苦痛で、離れすぎると寂しい。適切な距離をしだいに学ぶようになる。精神分裂病者は他人の心の棘をとても長いものと錯覚していて、傷つけられないように用心して他者と心理的に離れていようとする傾向がある。
1281
テクノストレス
technostress
コンピュータ・テクノロジーへの適応の仕方に起因するストレス状態。コンピュータをうまく使えないときにはテクノ不安症になり、逆にコンピュータに際限なく熱中してしまえばテクノ依存症になる。さまざまな自律神経症状を呈する。テクノ依存症では対人接触よりもコンピュータ操作を心地よいと感じ、対人交流不全から心身症状を発生するに至る。
1282
コラム
自己記入式テストは信じられるか
「あなたはきれい好きですか?」といったような質問がたくさん並んでいて、○や×をつけるテストがある。こんなもので何がわかるのだろうと疑問に思う人は多いだろう。いくらでもうそがつけるし、自分を飾ることもできる。
たしかに質問に対する答えを正直にうけとるのでは解釈として不十分である。うそつきのスケールを入れることもできるが、それよりも実際の面接と組み合わせて活用することで意義のあるものになる。実際の面接時の情報があるから、その人が自分をどれくらい飾っているか、自分を見る目が現実とどのくらいずれているかを知ることができるのである。たとえばコンピュータで採点して点数だけ見ていたのでは表面的なことしかわからない。自己評定と面接を組み合わせることで、人格の立体的な構造が明らかになる。
「人に親切にしないではいられない」に○と記入した人について、実際は親切ではないことがわかっていれば、自分勝手な上に自分の姿が見えていない人なのだと知ることができる。
1283
錯覚
illusion
外界からの知覚入力が実際にあり、それを誤って知覚すること。枯れすすきが幽霊に見える。とくに病気とは関係ない。
1284
させられ思考
thought alienation
させられ体験のひとつで、他者によって考えさせられる体験。考えるか考えないか、何を考えるかの判断について、能動性が失われ被動的になっている。通常の思考にある能動性が失われ、次第に被動的になるとさせられ思考になり、その中間地点に強迫思考がある。「考えたくないのに考えてしまう」は正常の場合もあり、支配観念や優格観念のこともある。能動性が失われているが被動的ではなく、かつ自己所属感が保たれているなら自生思考や強迫思考である。「考えたくないのに考えさせられてしまう」になるとさせられ思考である。
させられ思考の場合、思考の内容は自分に属している。思考の内容が他者に属していれば、思考吹入である。
1285
人格障害
personality disorder
=性格障害、性格異常、異常性格、人格異常、異常人格
性格の問題のために社会適応が困難な場合をいう。特に社会適応困難と言うほどではないものは性格傾向(personality trait)という。英語ではpersonalityとcharacter、日本語では人格と性格、どちらの言葉を採用するかも問題となる。障害と異常も語感が違う。人格は性格よりも深い何かで、異常は障害よりも困難な事態を感じさせる。最もソフトな表現は性格障害、シリアスなのは人格異常だろう。シュナイダーの分類やDSM分類が有名である。
アメリカのDSM4の人格障害分類
A群:奇妙で風変わりな言動。引きこもり。分裂病に近縁。
?妄想性人格障害:paranoid
疑い深く、他人を信じない。先入観に基づいて周囲を曲解する。軽蔑的、攻撃的、好争的、説得を受け入れない。
?分裂病質人格障害:schizoid
社会的関係を望まず、苦手。内省的、温和、萎縮、孤立。他人からの賞賛・批判に無関心、他人の気持ちに鈍感。
?分裂病型人格障害:schizotypal
社会的孤立、奇妙な思考や行動。魔術的思考。
B群:おおげさ、過激な感情、不安定。
?反社会性人格障害:antisocial
反社会的行為が著しい。嘘、怠け、盗み、けんか、過度の飲酒、攻撃性、性的逸脱。
?境界性人格障害:borderline
すべての面で不安定。衝動的。
?演技性人格障害:histrionic
芝居がかって大げさ。浅薄で表面的。人の注意を引きたがる。
?自己愛性人格障害:narcissistic
自分にばかり関心が向けられている。無限の成功を夢見る。他人の注目と賞賛を求める。共感に乏しい。誇大感。
C群:不安、恐怖。
?回避性人格障害:avoidant
他人から拒否されることに極度に敏感。絶対受容の保証があればつきあえる。引っ込み思案。自己評価の低さ。
?依存性人格障害:dependent
自分で責任をとらない。他人に任せる。自信がない。自己評価の低さ。
?強迫性人格障害:compulsive
規則、細部、因習にこだわる。融通がきかない。仕事熱心、忠実、暖かな感情の表現に乏しい。
イギリスのある教科書の人格障害分類
?ひきこもり群
・妄想性人格障害
過敏、恨み、猜疑的、嫉妬、他人の悪意のない友好の行為も敵意や侮辱と誤解する。責任転嫁、誇大的、好訴的、イエスマンをまわりに集めて集団を作る(新興宗教)、男性に多い、一過性の被害妄想や幻聴。
・分裂病質人格障害 schizoid
交際に無関心。冷酷、空想傾向、内省、性体験を持とうとしない、親密な信頼関係の欠如。パーティに出ない、地球平板説やネス湖の怪獣に奇妙な関心を寄せたりする。人よりも数字に関心、コンピューターには向く、孤立しているのでうつになりやすい。
・分裂病型人格障害 schizotypal
思考、風貌、話し方、行動が奇妙、対人交流欠如、分裂病者の血縁に多い、分裂病の遺伝スペクトラムの一部と考えられている。
?依存群
・不安性(回避性)人格障害
緊張と不安、自意識過剰、拒否されることに過敏、無条件の受容が保証されているときだけ関係を結べる。日常場面での危険を過大に考える、行動を回避するようになり、生活が制限される。引っ込み思案。対人恐怖。
・依存性人格障害
自分の人生の大切な決断を他人に任せる。自分の依存している人には何も要求できない。自分を無力と感じ、見捨てられひとりになることを恐れ、親密な関係が終わるときには打ちのめされる。
・受動攻撃的人格障害
あたりまえの要求に対する受動的抵抗、ぐずぐず先延ばしにする、子供じみた妨害や不機嫌、気がすすまないときにはぐずぐず仕事をする。自分は有能だと信じている。
?抑制群
・制縛性人格障害
優柔不断、完全主義、過度の良心、衒学、定型的、頑固、細部まで事前に計画。仕事熱心、忠実、事務能力高い、広い視野ではなく細部へのこだわり、空想に欠ける。男に多く遺伝性がある。自分の考えが挑戦されたときには怒る。
・循環性または類循環性人格障害
感情の不安定。軽うつと軽躁。躁うつ病の準備因。
?反社会群
・演技性人格障害
過剰な感情表出、演劇的、大げさ、被暗示的、浅薄で不安定な感情、注目を集めたがる、操作的。性的誘惑。対人関係は激しく不安定。女性に多い。同様のケースは男性ならば反社会性障害となるだろう。薬飲み過ぎ傾向。転換型ヒステリーまたは心身症になりやすい。
・感情不安定型
・衝動型人格障害……感情不安定、衝動コントロール欠如、暴力、威嚇。爆発型または攻撃型ともいう。攻撃衝動のコントロールが一過性に失われる。ストレスにたいして暴力や怒りで反応する。後悔と自責は本物である。男に多く遺伝性がある。
・境界型人格障害……自己像があいまいで混乱している。対人関係と気分は激しくかつ不安定、感情危機を招き自殺の脅しや自傷を伴う。慢性の空虚感と退屈、スプリッティングや投影性同一視といった原始的防衛機制が見られる。過度のストレス下では、一過性の精神病状態。精神病の周辺部における重症性格障害を広く指していることもときどきある。女性に多く、感情変調症、うつエピソード、薬物乱用、短期精神病反応を起こすことがある。
・自己愛性人格障害
誇大性、過敏さ、共感欠如。肉体的病気や手術による肉体変形にうまく対処できない。
・反社会性人格障害
無責任、対人関係を継続できない、欲求不満に耐えられない、攻撃的、暴力的。罪悪感を感じない、罰や経験から学ばない、反社会的行為について他人を責めるかもっともらしい言い訳をする。15歳からの行動障害(登校拒否など)をみる。薬物・アルコール乱用に染まりやすい。精神病質、社会病質を含む。
1286
抵抗(治療抵抗)
resistance
治療に対する無意識の抵抗のこと。治りたいから面接を続けているのだが、葛藤解決は苦しい。症状はある面では葛藤から目をそむけるのに役立っている面もあるので、症状を消すことには無意識のためらいがある。そこで無意識に治療に抵抗することになる。沈黙、無関係なことの多弁、繰り返し、話題の回避、知性化、一般化、時間の変更、キャンセル、時間短縮、治療者変更要求などがある。現実的で妥当なものか、治療抵抗なのかを判断して、治療抵抗と判断された場合には抵抗を分析することによって治療を深める。
1287
自律訓練法
autogenic training
自律神経(autonomic nerve)系器官の機能を整えるのに有効な方法。随意的リラックス法、さらに内容を明示するなら随意的筋血管緊張解除法である。簡単でお金がかからずどこでもいつでもできる。催眠術の本質は筋肉と血管の弛緩であることから、四肢が重い、暖かいなどの自己暗示をかけ、ひいては自律神経系の緊張を解除する。不安状態やパニック障害、不安の強いうつ状態、持続的交感神経緊張状態に対して有効である。薬以外の対処法を身につければずいぶん自信がわくようである。
1288
心気症、心気状態
hypochondria,hypochondriacal state
実際は病気ではないのに、自分は病気ではないかと心配している状態。説得も聞き入れず、訂正しがたい確信にまで至った場合には、心気妄想と呼ぶ。背景にうつ病や精神分裂病があることもある。セネストパチー(体感異常症)は心気状態や心気妄想と重なる部分がある。体感の異常を取り上げて名付けるか、そのことについての悩み方の特徴を取り上げて名付けるかの違いである。
1289
退行
regression
広くいえば幼児返り。適応困難な状況で、現在獲得している行動パターンよりも低次の行動パターンが出現する。たとえば、中間試験が受けたくなくて二歳の子供に戻ってしまい、指をしゃぶって言葉も話せない状態。ジャクソンが解体(dissociation)と呼んだものを、フロイトは退行と呼んだ。進化論的に新しく高級なものに進むのが進化(progress)であり、古く低級なものに戻るのが解体または退行である。健康な退行は一時的で部分的な退行であり、状況に適した退行である。たとえば、忘年会での退行や子供と遊ぶときの退行など。
1290
治療的退行
therapeutic regression
=操作的退行
治療のために退行状態を作ること。退行を基礎として転移や抵抗が起こり、それを分析して治療は進行する。外科手術で、メスを入れて病変部を露出させる操作に対応し、退行状態を作り、人格の中で問題のある古い層を露出させ治療を加える。最後に通常人格レベルに戻して終了する。治療的退行においては観察自我は保持され、一時的で部分的な退行がおこり、通常生活レベルへの復帰が可能である点が重要である。
1291
自己臭症
自分から出るいやな臭いが他人を不愉快にさせていると確信している状態。青年期に多い。神経症レベルの対人恐怖症の場合もあり重症になれば自我漏洩症候群、さらには分裂病の場合まである。
1292
気分障害
mood disorder
躁うつ病やうつ病のこと。感情障害、感情病ともいう。
気分障害の分類
大うつ 抑うつ気分
躁 BP I
軽躁 BP II 気分循環性障害
躁なし MP 気分変調性障害
1293
意識障害の評価
意識の覚性 vigilance とは清明度のことで、刺激しても覚醒しなければ昏睡、刺激すれば覚醒する程度なら傾眠、刺激しなくても覚醒しているなら意識清明とする。意識障害を表現する言葉は微妙なので、3-3-9度方式での表現が役立つ。またグラスゴー・コーマ・スケールでは開眼・発語・運動機能の三分野の得点を合計して表現する。最高で15点、最低で3点、7点以下は昏睡で予後不良である。
一方、清明度の障害とともに意識の変容が見られることがあり、もうろう状態 twilight state、せん妄状態 delirium などという。てんかん発作後の意識障害時に見られるもうろう状態では、意識障害があるにもかかわらず一見まとまりのある行動が見られる。せん妄は軽度の意識障害に幻覚妄想や興奮が加わった状態で、アルコール症の振戦せん妄や痴呆の夜間せん妄などがある。
1294
ジェームズ・ランゲの説
ジェームズとランゲが別々に唱えた説で、人間は悲しいから涙が出るのではなく、涙が出るから悲しいのだとする説。つまり、情動が身体的変化を引き起こすのではなく、身体的変化が情動を引き起こすという説である。現在でも論争になっているらしい。表にしてみると次のようになる。
原因 結果
? 悲しい 泣く 常識
? 泣く 悲しい ジェームズ・ランゲの説
? x 悲しい+泣く
悲しいと泣くはどちらも結果であると考えるのが正しそうである。
1295
行動化
acting out
精神分析療法では主に言語によって治療がすすめられるが、ときに患者は言葉によらず行動によって自己の何かを表現することがある。これを行動化と言い、沈黙、面接予約のキャンセル、遅刻、暴力、自殺未遂、性的関係まである。それは患者からのメッセージであるから、その行動の意味を治療の中で取り上げていけばよい。
人は葛藤に悩むとき、?内面化・言語化、?行動化、?症状化などをする。言語化はあれこれ考えて内面で悩むこと。行動化は極端な場合には暴力や自殺未遂などの行動の形で悩むこと。症状化は転換ヒステリーや解離ヒステリーなどのように症状の形で悩むことである。もちろん、それぞれが独立ではなく重なる場合も多い。
内面が未成熟なために言語化して悩むだけの力がない場合には行動化したり症状化したりすることが多い。行動化や症状化は言語化に比べて現実の経済的・対人的損失が大きい。言語化して悩むことができるように、言葉による表現を豊かにすることが大切である。言葉の網の目の差は感情や認識、思考の網の目の差である。この網の目を精密に成長させることが成長・成熟である。
映画やテレビでは行動を映像で描くしかない。従って登場人物は内省よりも行動化に傾きがちである。現代の映像文化は行動化による悩み方を教育していることになる。それに対して文章文化は内省の習慣を教える利点がある。
1296
心神喪失と心神耗弱
心神喪失は責任無能力であり、心神耗弱は限定責任能力である。法律の文章では心神喪失とは「精神の障害に因り、事物の理非善悪を弁識する能力なく、またはこの弁識にしたがって行動する能力なき状態」(昭和6年大審院判決)である。心神耗弱とは「精神の障害未だ上述の能力を欠如する程度に達せざるも、其の能力著しく減退せる状態」(同上)である。
精神科医が精神障害の内容についてまた精神障害と犯行との関係について鑑定で報告し、それを参考にして裁判官が判断する。心神喪失の場合には罰せず、心神耗弱の場合には刑を軽減する。
責任能力 criminal responsibility がなければ犯罪についての刑罰に意味がないと考えるのが一般的である。たとえば脳腫瘍による異常行動が結果として犯罪をひきおこしたとき、脳腫瘍を治療すればよいのであって、刑罰については意味がないと考えるのものである。ただその場合にも、保護監督の責任があり、危険を知りつつ症状を放置していた人がいたならば、患者ではなくその人の責任は問われるかも知れない。
責任能力の有無については、米英では、善悪テスト the right and wrong testや所産テスト product test の考え方が用いられる。善悪テストは、精神障害により行為の善悪を判断する能力がない場合には責任無能力とみなされるというもので、マクノートン法則 McNaughton rules ともいう。所産テストは、違法行為が精神障害の所産であるならば責任能力はないとするもので、ダラム法則 Durham rule ともいう。
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コラム
ジャクソニズムと脳の階層構造
生物進化の原則は、過去のものを捨ててしまうのではなく、既存のものを再利用する形で新しい体制に組み込むことだ。ヒレだった部分を再利用して、手足にしている。エラだった部分は肺になっている。虫垂は今のところ再利用できていないので、一見むだにくっついている。脳のレベルでも、古い脳を新しい体制に組み込むことで再利用がなされていると考えられる。このようなプロセスが何度か重なると脳の機能の階層構造ができる。
では、脳が壊れるときは、どんなことが起こるだろうか。構造は古いものほど頑丈にできている。新しいものほど壊れやすい。長い時間を生き延びてきた構造が壊れにくいのは分かりやすい。人間の脳の場合にも壊れやすいのは一番新しい部分である。一番新しい部分は古い部分をもっとも総合的に使う部分である。人間の脳の機能でいえば、総合的な判断やいろいろな素材を組み合わせて新しいものを創造する部分である。そこが壊れると、判断は部分的になり、創造ができず過去の反復になる。
上位部分が下位部分を支配するときに、抑制的に支配する場合と、促進的に支配する場合とがある。脳の傾向としては、抑制的に支配する場合が多い。したがって上位機能が壊れたときに下位機能の突出が起こる。それを「脱抑制」と呼んでいる。脱抑制の症状としては、過度にわがままになってみたり、過度の性欲を呈したりする。
アルコール中毒症などで、脳の高級機能が失われることがある。その場合に、倫理感欠如を呈したり、粗暴になったりする。それは脱抑制の印象を与える。ある種の性格障害でもこのような症状が観察されるのは、アルコール症と同様の高級機能の欠損が関与しているかも知れない。
胎児の時期に脳に微細な損傷を受ける機会は、近代都市文明にさらされれば多くなると考えられる。流行性感冒、タバコの煙、排気ガス、機密性の高い部屋での酸素欠乏、アルコール、売薬、医者から出される薬、麻薬・覚醒剤、食品添加物、食品のかび、電磁波、X線、それからストレス。母親には何でもないことでも、胎児の脳にどんな影響があるか、心配すればきりがない。損傷を受けて産まれた子供の脳では高級機能から順に失われやすい。
脳の機能が壊れたときに、その部分の機能が失われれば、それを陰性症状と呼ぶ。同時に、これまで抑制されてきた下位の機能が突出すれば、それを陽性症状と呼ぶ。
以上のような考え方がジャクソニズムであり、脳の機能を考える際の基本である。
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妄想
delusion
現実に反しているにもかかわらず訂正不可能な確信。現実や常識に反する考えを思いつくこと自体は病的ではない。その考えを検証した後に、現実や常識に反する場合にも訂正・棄却できなかったり、人に言わないで黙っていられなかったりするならば、妄想と呼ばれる。人々は様々な程度に訂正不能な確信を抱いているものであるが、その考えがその人の社会生活を困難なものにする場合に問題となる。
妄想に対する実際の対応を考えてみよう。たとえば、盗聴されていて苦しいという訴えに対して、周囲の人が「重要人物でもないあなたがどうして‥‥」と説得を始めたとする。するとそれは周囲の無理解と受け取られ、患者さんをますます孤独な戦いに追い込んでしまう。患者さんが妄想を口にするときは、よほど考え詰めて、絶対に間違いがないと確信できたときだと思ってよいからである。周囲の人の説得が有効なくらいなら、もっと早く自分で訂正しているはずである。ところがその一方で、こんなおかしなことってあるのだろうかと患者自身半信半疑の面もある。周囲の人が「あなたも信じられないくらい不思議なことだと思うでしょう?まわりの人が分かってくれなくても、仕方がないくらい不思議なことですよね。」などと言えば、同意してくれる。従って、周囲の対応としては、「あんまり不思議すぎて、その考え自体には賛成できないけれど、そのように考えていればとてもつらいだろうということは理解できる。つらさを軽くするためには専門家に相談してみたらどうだろうか。」と話を進めるのがよい。
精神分裂病で被害妄想をはじめとする妄想があらわれることの多いのは事実であるが、妄想があるからといって精神分裂病というわけではない。しかし幻覚妄想状態は放っておけば治るものでもないので、専門家に相談すべきである。治療方法はいろいろあるので絶望する必要はない。
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防衛機制
defense mechanism
不安を処理するための無意識的な働きのこと。?事実は変更せず、ことがらの意味付けや観点を変更するのは正常範囲の防衛である。これは防衛というよりは成熟である。?内的事実(自分の欲望や感情などについての事実)を歪曲するのは神経症的な防衛である。?外的事実を歪曲するのは現実検討を失っていることで、精神病的な防衛である。
神経症的防衛には次のようなものがある。抑圧、取り入れ、反動形成、退行、合理化、隔離、解離、知性化、逃避、打ち消し、自己懲罰、置き換え、昇華、補償。精神病的防衛機制としては以下のものがあげられる。原始的防衛機制ともいう。分裂、投影、投影性同一視、(取り入れによる)同一視、否認、原始的理想化、躁的防衛。
以上の防衛機制は、理論的に演繹されたものではないから雑然としており、一部は重なるものもある。また複数の防衛機制の組み合わせで説明できるものもある。それぞれに背景があり存在理由のある言葉なので煩雑であるが仕方がない。また「機制」という言葉は日本語としてはなじみがないが「メカニズム」の翻訳である。
たとえば喪失体験、直面化、惚れ込み、外国文化受容など、みな類似の経過をたどる。まず自分に都合のいいように現実を歪曲してみる。これが精神病的防衛機制。つぎに自分の気持ちを歪曲する。これが神経症的防衛機制。そのあとでやっと正確な状況把握が生まれる。喪失体験は現実否認から現実の受け入れへ向かう。惚れ込みは過大評価から幻滅を経て現実の受け入れへ向かう。
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神経症、ノイローゼ
neurosis
外因性精神病と内因性精神病に対して、心因性または環境因性に起こる病気を指す。不安神経症、心気神経症、神経衰弱、ヒステリー、抑うつ神経症、強迫神経症、恐怖症、離人神経症などが含まれる。症状は精神、身体、行動の各面にあらわれる。精神面では不安、恐怖、強迫、離人、ゆううつ、おっくう、イライラ、無気力、心的疲労感がみられる。身体面では身体疲労感、易疲労感、自律神経症状(頭重感、めまい、動悸、息苦しさ、口渇、吐き気、食欲不振、下痢、便秘、月経困難など)、ヒステリー性転換症状(嚥下困難、失声、失歩、失立、難聴、二重視、失明、意識消失、運動麻痺、感覚脱失、歩行困難、けいれん、慢性疼痛、性的不感症など)がある。行動面ではヒステリー性解離症状として二重人格、遁走、生活史健忘、自己破壊的行動としては自殺、自殺未遂、自傷があり、家庭内暴力などの攻撃的行動や過食、浪費、盗み、性的逸脱、薬物乱用、種々の衝動行為がみられる。