出世する人しない人

2016年03月29日(火) 週刊現代 :現代ビジネス


動き出した原発が、ある裁判官によって再び停止した。だが、懲りずに再々稼働を目指す者たちがいる。あの大事故の記憶を彼らは失っているのか。もう二度と地震も事故も起きないとなぜ言えるのか。

■「原因究明ができていない」

福島第一原発事故から5年の節目を目前に控えた3月9日、大津地裁の山本善彦裁判長(61歳)は高浜原発の3、4号機について運転を差し止める仮処分を決定した。

高浜原発は、3号機が今年の1月から再稼働、2月から営業運転中だったが、4号機は2月26日に再稼働してからわずか3日後の29日、変圧器にトラブルが発生して運転は自動停止していた。

山本氏は、’14年の4月に大津地裁へと着任。その年の11月には、今回と同様に高浜原発3、4号機に関する同様の仮処分申請を受けたが、「原子力規制委員会が早急に、再稼働を容認するとは考えがたく、今の状況で裁判所が差し止めする必要性はない」と、住民たちの訴えを却下しており、理性的な判断をする裁判官として知られる。

「山口地裁で部総括判事を務めていた’12年の12月には、中国電力の上関原発建設予定地を巡って、反対派住民が強引な手法をとった際には、反対派住民の訴えを棄却していました。原発に対しても極めてフラットに判断する裁判官だと言えます」(全国紙記者)

3月9日に下した決定の中では、関電の主張に一定の合理性を認めた上でなお、重大事故への備えと、福島第一原発事故の原因究明が不十分だと判断した。

運転中の原発を止める判断は、日本では初めてのこと。20年来、脱原発に向けての活動を続け、今回の差し止め申請でも住民側の代理人を務める河合弘之弁護士が語る。

「昨年、鹿児島・川内原発の1、2号機が再稼働してから世の中の流れが再稼働容認に傾きつつあった中で、山本裁判長は勇気ある決定を下してくれたと思っています。昨年末、福井地裁が再稼働差し止めの仮処分を取り消したときと、議論の内容は同じですが、結論が180度変わりました」

山本氏と同じように、原発差し止めの仮処分を決定した裁判官がいる。

’14年に大飯原発、’15年に高浜原発の再稼働差し止めを決めた福井地裁(当時)の樋口英明裁判長(63歳)だ。福井在住のジャーナリストが、樋口氏を評して言う。

「樋口さんは法律に対して極めて厳格な、昔気質の裁判官というタイプ。仕事に誇りを持っていて、相手が誰であっても信念を曲げない人だという印象です」

国民の生命を最優先に考える裁判官がいることは、安心できる。だが、事態はまだ流動的だ。翌10日、関西電力原発を停止させる一方、11日以降に仮処分に異議を申し立てる方針を示した。

そもそも高浜原発には、樋口氏の仮処分命令に対して関電から取り消しを求める申し立てがあり、昨年末に同じ福井地裁で仮処分取り消しが決定していた。一度止めると決まった原発を「もう一度動かす」判断を下した裁判官がいたのである。

その判断を下したのが、樋口氏と入れ替わりに福井地裁へ着任した林潤裁判長(46歳)、山口敦士裁判官(39歳)、中村修輔裁判官(37歳)という、法曹界でも超エリートと言われる3名の裁判官だ。

実は、福井地裁にこうしてエリートが揃うのは、異例のこと。元裁判官の現役弁護士が、こう語る。

「本来、福井地裁は名古屋高裁管内でも比較的ヒマな裁判所で、アブラの乗った裁判官が来るところではない。しかも、この3人は東京や大阪など、他の高裁管内からの異動で、この人事には、各裁判所の人事権を握る最高裁の意向が反映されていると見るべきです」

前出の、「原発を止めようとした」山本・樋口両裁判官と違い、「動かそうとした」裁判官3人の経歴には共通点がある。それは、全国の裁判所と裁判官の管理、運営、人事までを仕切る最高裁判所事務総局での勤務経験があることだ。

最高裁事務総局といえば、ゆくゆくは最高裁判事や、全国の裁判官と裁判所職員を含めた人々のトップとなる最高裁長官を狙えるようなエリートが集まるところ。彼ら3名は、全国の裁判官の中でも選り抜きの、いわば『将来を約束された』人々だと言えるでしょう」(明治大学政治経済学部教授の西川伸一氏)

■凄い早さで出世中

裁判長を務める林氏は、’97年に任官して2年で事務総局の民事局へ異動。その後は、一度宮崎地
で判事補を務めた以外、東京・大阪・福岡と都市圏の高裁と地裁の裁判官を歴任している。

「任官して初の赴任地が東京地裁という点で、人事権を握っている事務総局から、目をかけてもらっていることが窺えます。その上、初任明けと呼ばれる2ヵ所目の赴任地が事務総局。これは、林裁判官の同期108人の中でも6名しかいません。実際、任官から18年で部総括判事の役職に就くのもかなり早い出世です」(西川氏)

判事補の中村氏は、任官から福井地裁に着任するまでの9年間を東京、横浜、大阪で過ごした。

「通常、若手の裁判官は少なくとも一度、北海道や九州などの遠隔地へ赴任させられます。しかし、そうしたこともなく事務総局総務局付という、国会対策などを担当する部署に登用された。初任地も大阪ですし、エリートコースと言って差し支えないでしょう」(西川氏)

3名の中で最も異色の経歴を持つのが、山口氏だ。任官して約5年で外務省へ出向。「外務官僚の中でも花形のポジション」(外務省職員)と言われる国連日本代表部で二等書記官として2年間を過ごした。帰任後は大阪高裁の判事を務め、福井地裁へと異動になった。

刑事局付の経験を持ち刑事裁判に詳しいだけでなく、行政官としてのキャリアも積んだ山口氏は、福井地裁で民事裁判を担当している。今年1月には、住宅リフォーム会社が、ノルマ未達成を理由として従業員に降格や転勤を命じた事件で「同社のノルマ規定は過酷で不合理」と指摘、会社側に1000万円の支払いを命じる判決を下した。

山口氏とともに札幌で司法修習生時代を過ごした弁護士が言う。

「仕事も勉強もマジメにこなし、同期の中でも一、二を争うくらい優秀でした。彼の合理的な性格が滲む判決です」

■また飛ばされる?

こんな華々しい経歴を持つエリートたちは、高浜原発再稼働を容認するために、’15年4月に送り込まれてきた。着任後の3名は、すぐに関電が申し立てた異議の審理へ取りかかった。前出の河合弁護士が語る。

「審理の結果、原発の安全性について具体的に検討することなく、『危険性が社会通念上無視しうる程度にまで管理されている』から高浜は安全だと言ってしまった。だから、核燃料がメルトダウンするかもしれないとか、福島第一原発の事故のように放射性物質が周辺に拡散する事態になるかもしれないとか、付近の住民が避難できるかどうかといった部分は考える必要がないと結論づけたんです。この決定は、『原子炉等規制法』に完全に違反しています」

異動から決定まで、おかしいことずくめな事態が、なぜ起きるのか。

「ある一連の事件について、上層部の気に入らない判決を書いた裁判官を外して、上の意向に沿った判断を下す裁判官を配置することを、『送り込み人事』と言います。公明正大なはずの司法界でも、こうしたことが起きていると思わせるに足る状況証拠があります」

そう語るのは、前出の西川氏。’04年から’13年にかけて訴訟が続いた、「携帯電話基地局の撤去を求める裁判」でも、「送り込み人事」が行われた可能性があるという。

基地局の近隣住民が、基地局から出るマイクロ波ががんを誘発すると主張して起こした訴訟ですが、’04年当時に熊本地裁で事業者側を勝たせた田中哲郎裁判官が、その後、福岡地家裁久留米支部福岡高裁宮崎支部で同様の訴えが起こされると、それを追うようにして当該裁判所へ異動し、住民側に有利に進んでいた訴訟をひっくり返し事業者側を勝たせたのです」(西川氏)

前出の元裁判官も、件の3人は「安倍政権の意向を汲んだ最高裁から送り込まれたのだろう」と推測する。

「いくら独立が保障されているとはいえ、裁判所も上層部に行けば行くほど政権との接触は増えるため、考え方が政権の意向に沿ったものになる。彼ら3名を含め、事務総局に勤務経験のある裁判官は、そうした阿吽の呼吸を最もよく心得た人々です。将来の地位を約束されたエリート裁判官だからこそ、『下』を見ず『上』ばかり見た判決を下すことになる」

今回の大津地裁の決定は画期的ではあったが、これを受けても、河合氏は気を緩めてはいない。

原発を止める決定を出して名古屋家裁に飛ばされた樋口さん同様、山本さんが飛ばされて、また中央から再稼働推進派の判事を送り込まれ、決定を再度ひっくり返される恐れは十分にあります。高浜原発はいったん止まりますが、全国的に原発再稼働の流れが強まっている以上、訴訟や係争はまだまだ続くでしょう」

原発裁判を通じて「真の信念」を持つ裁判官は誰か、今後も浮き彫りになっていくだろう。