こころの辞典追補-1

異常と正常 精神病とそれ以外
これは相談者にとってはかなり重大なことである。もちろん、治療者にとっても重大である。
たとえば虫歯。「この痛みは虫歯のせいですか」と歯医者さんに聞けば、診察をして、「虫歯です」とか「歯頚部過敏です」とか診断してくれる。しかし微細に見ると、虫歯と正常の境界は難しく、顕微鏡的に歯の表面に傷が付いて細菌が繁殖しつつある状態が中間状態になると思う。しかし肉眼で見て、さらにレントゲン写真を撮影して、痛みの原因が虫歯かどうかは問題なく分かるだろう。
たとえば胃痛。胃カメラで検査すれば、胃の表面については検査できる。いくつか検査を追加すれば、痛みが胃炎なのか機能性のものなのかは判定できる。この場合も、顕微鏡で微細に見れば、胃粘膜の小さな異常はあるだろうし、それが将来胃炎に発展することもあるだろう。しかし現時点での痛みの原因が胃粘膜の異常か、機能的なものかについてはあまり問題なく判定できるだろう。
さて、精神的な変調についてはどうだろうか。
虫歯や胃痛に比較して、正常から異常までの変化はなだらかで、肉眼で見える程度だと思ってもらっていいと思う。だから、くっきりとした境界は決めにくい。
東京から見れば、富士山は富士山で、隣の山と混同することはない。
しかし自動車でどんどん富士山に近づくと、平地はいつの間にか富士山になっている。標高を測定することはできるが、どこからが明確に富士山とは言い難い。人間の言葉の定義として、どこからが富士山と定義することはできるけれど、自然現象としては、なだらかに標高が高くなり、頂上に続く。
相談者が「わたしは異常なんですかどうですか」という場合、富士山なんですか、丹沢なんですか、高尾山なんですかとイメージしているのだろうか。それなら連続体ではないから明確な答えを期待しているわけだ。しかし正常から異常へのなだらかな変化は、どこまで平地、どこからが山とは決めがたいのではないか。その途中の領域が虫歯や胃痛に比較して広いということは言えると思う。
精神病理学としては、伝統的に、「了解可能性」をひとつの指標としてきた。原因・状況と症状の関連が自然で了解できるものならば、正常または神経症、不自然で了解できないものについては精神病だろうと考えた。
現実の診察室ではかなり有用で妥当なのであるが、学問的な批判に耐えられない面もある。
米国DSM分類では神経症のカテゴリーがそもそもない。
そこで「現実検討能力」を目印に考えている。客観的現実と私的空想をきちんと区別できているかどうか。自分と他人の区別がきちんとできているかどうか。そのあたりを目印にして精神病とそれ以外と区別するようになっている。
「病態レベル」という言葉で、「精神病レベル」「神経症レベル」と使い分ける人もいる。
批判もできるだろうが、これはこれで診察室では充分に機能するよい指標である。問題は中間地帯が比較的広いことである。しかも固定的なものではなく、変動するから、なおさら難しい。一時的なものならばことさらに異常と決めつけることも意味がない。
わたしは異常なんですかという問いの場合、精神の変調に関しての過剰なおそれがあると思う。疲れ、ストレス、血管異常、肝臓機能異常、腎臓機能異常、電解質異常などで容易に精神の変調は起こる。なだらかに変動し、元に戻ることも多い。また、急激に変動したものは急激に元に戻ることが多い。

痛みと妄想
相談者の語る話を聞いて妄想なのかそうでないのか判断することが難しい局面がある。
特に判断に困るのが内蔵系・筋肉系の痛みである。腹が痛いとか、腰が痛いとか、立って歩けないほどだとか、訴える。夏樹静子さん著「椅子が怖い」「心療内科を訪ねて―心が痛み、心が治す」や柳沢桂子さんの本に書かれている。
整形外科や内科で身体的検査を繰り返す。血液検査や患部と疑わしい部分の写真を参考にして、訴えを説明できるだけの所見が得られない場合、心因的なものではないかと疑う。診断名としては身体表現性障害、心因性疼痛などが用意されている。
たとえば腰痛に限定してみる。腰のあたりのMRIでは特に所見がないとき。牽引やMS温湿布をするのだけれど、心配の仕方としても過剰なような印象がするとき。そんな場合に心療内科リエゾン・コンサルテーションに呼ばれる。
腰痛の原因としては、まず写真に写る腰のあたりの問題がある。細かく言うと神経根の圧迫の問題、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎分離症、腰椎すべり症がまずあげられる。脊椎変性症などという言葉も使う。腫瘍や血管性の病変の可能性もある。「排尿、尿意コントロールが困難、肛門・生殖器のあたりのしびれ、両足のしびれ・異和感・脱力、足のふらつき」などがある場合には器質性の可能性が高いと言える。
次には、写真には写らないような筋膜炎(MyalgiaまたはMyofacial Pain Syndrome 筋膜性疼痛症候群)や関連痛(痛みの原因は局所にはなく、離れた場所が原因だという場合、これは解剖学的に説明可能)などの可能性を考える。
最後に心因性疼痛を考える。しかしいろいろと困難はある。まず、写真の所見と症状とを因果関係ありと認定するのが難しい。腰が痛くない人でも、写真を撮れば腰椎の異常は見つかることも多い。老化が主な要因だからだ。誰にでもある程度の変化を病気の原因として特定している可能性がある。
次に、腰痛を訴える人に対して、写真を提示して、「ここの圧迫のせいで痛いんです。治りは悪いですが、牽引をしてだめなら手術も考えましょう」などと言われると、病状は固定してしまう。これも問題である。活動を制限し仕事を長く休むほど病状は固定し悪化するとの報告もある。しかし一方、局所の状態が悪いから、動けないし仕事も無理だとの論理も成り立つ。
次には骨は写真によく写るが、筋膜炎などになると写りにくいことで診断がつきにくいことが問題である。伝統医学の鍼灸などは筋炎の場合にトリガーポイントを刺激することで痛みを解決しているらしい。本人が痛みを訴える場所と炎症の場所が離れている場合も、見落としがちである。
ここまでの手続きを経過して、やっと心因性疼痛の検討である。検査所見で全く問題がなく、筋炎、関連痛の可能性もないとなったとき、心因性疼痛を疑う。この場合は症状は解剖学に一致しないことが多い。固定している人もあるが、浮動性の場合もある。多くは他にも悩みを抱えている。ある種の性格特徴がある。背景に糖尿病などが隠れていることがあるので、きちんと除外する。
ここまで来て、最初の問題が浮上する。その痛みは妄想かもしれない。痛みの実体はなく、ただ固い信念だけがあるのかもしれない。しかしそれを妄想と確定する手段がない。心因性といっても、完全に妄想の領域のものもあれば、持続的な交感神経興奮→血流不全→内因性発痛物質の蓄積→痛み・コリといった経路も考えられる。これは心因性疼痛と筋膜炎の混合のような状態である。
このような事情で、腰痛、腹痛、めまい、頭痛など、診断・治療とも困難な例も少なくない。

セカンドオピニオン(second opinion)
たとえば家を建てる時に、鉄筋か木造か両方の専門家の意見を聞いてみたい。またたとえば、資産運用について、ドル預金はいまなのか、もっと先なのか、ユーロにしたらいいのか、それぞれの専門家の意見を参考にしたい。
医療の分野でも同様で、どんな検査が必要か、検査結果をどのように解釈するか、治療方針について、入院は必要か、手術はどの術式がいいか、薬剤選択はどうするか、どのような選択をした場合にどのような結果が予想され、どのような人生が考えられるか、などについて、主治医以外の考えも聞いてみることをセカンドオピニオンを求めるという。主治医はそのためにこれまでの経過、諸データ、患者の背景、自分の考える方針を診療情報提供書にまとめて提供する。
患者さんにすれば、「主治医を信用していないと思われるのではないか」「転院するしかないのではないか」などの心配はあるだろうが、「セカンドオピニオンというのはどうでしようか」と素直に尋ねればいいと思う。主治医は完全にひとりの判断で決定していることは少なく、同僚医者、検査、看護、心理職などと情報交換しており、ここでもうひとり医者が加わったとしても、あまり問題はない。場合によっては転院になってもまったく問題はない。治療内容が同じだったとしても、患者さんが一番納得できる環境で治療を受ければ、それはよいことだろう。
複数の医師で意見がかなり異なった場合には、患者本人が決定しなければならないのであるが、それが難しい場合には、サードオピニオンを求めればよい。どこかで納得できる医者と出会えるはずだと思う。
実際の場面では、どのような治療でどのような結果、というあたりではあまり違いはないだろうと思う。むしろ、治療の結果、どのような人生になりそうか、そこで人生観が問題となり、その人生観を共有できる医師と出会うことが大切なのではないかと思う。たとえば、もう妊娠はあきらめましょうとか、いやあきらめないでもう一度、とか。子育てを優先して仕事は辞めましょうとか、仕事は息子に任せて治療に専念しましょうとか、そのあたりの人生の選択について共感できるかどうかが大きな要素ではないかと思う。

月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)、PMSPMDD
最近では月経に関係した気分不安定(身体的不安定を伴うこともある)をまとめて月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)と呼ぶ。1890年代にはMenstrual Psychiatric Disorderと呼ばれたものである。現在の月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)を細分すると、PMS(Premenstrual Tension Syndrome)やPMDD(Premenstrual dysphoric disorder)がある。PMSは1953年から用いられている用語で月経前緊張症候群と訳される。最近ではTension「緊張」を省略して、Premenstrual Syndrome(月経前症候群)をPMSとすることも多い。
PMDDは1994年DSM-IVから用いられている用語で月経前不快気分障害と訳される。
女性の場合、月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)は20代から50代まで及ぶ。女性の20〜40%が経験し、2〜10%は仕事や人間関係に支障を来していると報告されている(1995米国)。
そのなかで月経前緊張症候群または月経前症候群PMS)は、症状に個人差が大きく多彩であるが、身体症状として多いのは「食欲の変化、吐き気・嘔吐、頭痛、腹痛、乳房緊満感、のぼせ・発汗、疲労・倦怠感、浮腫(むくみ)」などであり、精神症状としては「不安・抑うつ、緊張、睡眠異常、焦燥感(イライラ)、情緒不安定、集中力・判断力の低下」などである。
月経前不快気分障害(PMDD)の症状はPMSの精神症状の重症型と位置づけられる。「著しい抑うつ気分、著しい不安、著しい情緒不安定、活動に対する興味の減退などの症状が過去1年にわたってほとんどの月経周期の黄体期の最後の週に周期的に現れ、月経の次の週には消退するパターンをとる」ことが特徴とされる。原因として黄体ホルモンの関与が考えられるものの、患者の血中プロゲステロン濃度にほとんど変化が認められないことから、黄体ホルモンのみで発生機序を説明することはできない。PMDDのリスクファクターとして、1.ライフイベント・ストレス、2.経産回数が少ない場合、3.気分障害などの精神科既往歴のある場合、4.遺伝(双子研究で優位差あり)があげられる。
PMSの診断にはICD-10を用いる。「精神症状がマイルドであり、黄体期の身体症状として腹部膨満、胸部圧痛、体重増加、腫脹、疼痛、集中力困難、食欲の変化」のなかの一項目でも該当すればPMSとする。
PMDDの診断にはDSM-IVを用いる。PMDDは「特定不能うつ病性障害」に分類されており、仕事や人間関係が損なわれることがある。
治療についてはSSRIが有効であると言われ、北米、豪州、韓国ではPMDDに対してSSRIの適応が認められている。日本では認められていない。PMDDにおいては、うつ病の場合よりも効果発現が早い、血中セロトニン濃度異常があるなど理由から、SSRIが第一選択薬として積極的に用いるべきだと提唱されている。副作用として悪心嘔吐があるが、1〜4週の服用継続で消失することが多い。投与法としては間欠投与法が勧められている。症状悪化時期を推定しつつ用いるもので、合理的である。
付随的なものとして、認知行動療法が有効。家族に対して精神療法的なアプローチが有効。むくみに対して利尿剤、痛みに鎮痛剤を用いる。性ホルモンは効果ないものの、40歳以上の女性に対してはホルモン補充療法として使用することがある。抗不安薬SSRIが効かなかった時の第二選択薬であるとされている。
現状では日本ではSSRIよりもエチゾラムなどの抗不安薬が選択されることが多いと思う。それで充分にコントロールできると思うが、今後SSRI以降の薬剤にシフトしてゆくのだろう。

PUS(Public understanding of science)一般市民の科学理解
類似のものにPUMS(Public understanding of medical science)およびPUM(Public understanding of Medicine)がある。
知識が市民に開かれていて、市民が政策決定に参加できることが米国市民社会では大切である。専門知識は専門家にしか分からないから任せておくというのでは、開かれた社会にならない。一般市民が科学専門知識を理解し科学技術政策などの意思決定に参画することが米国市民社会の理想である。
一般市民の科学理解としては「トップダウン式」「啓蒙主義的」なものと、「ボトムアップ式」「社会学的(草の根的)」なものがあると言われている。
たとえば宇宙飛行の問題ならば、大半の人は直接の利益にも危険にもならないから、PUSは世論形成プロセスの問題ということになる。一方、医療の領域では、医療保険をどのようにするか、そこで社会の判断が求められ、PUSをもとに市民が最終決定する。また、自分や家族が病気になった時、判断が求められることがあり、自己決定に至るためにはかなりの知識が必要である。このような個人的個別的判断の場合にもPUSが基礎になる。
火星まで行った方がいいのか費用を考えてやめるのか、インターネットセキュリティと市民の自由をどうするのか、石油をどうするのか、中国とどうするのか、核兵器をどうするのか、クローン医学はどうするのか、老年期認知症はどうするか、HIVはどうするか、ガンの予防はどうするか、遺伝子治療はどうするか、医療保険制度をどうするか、肥満者の社会的待遇をどうするのか、進化説と創造説をどうするのか、市民がすべての政策決定に関与すべきであり、その基礎にPUSがあるから、どう考えても大変である。現実には無理もあるが理念としてはこれしかない。

EBM(Evidence-based Medicine)
直訳すれば「根拠に基づいた医療」であり、内容としては、「入手可能な最新最良のエビデンスと患者の個別性を考慮して行う医療」のこと。
むかしから「入手可能な最新最良のエビデンスを重視する医療」のあり方は変わっていないと言えめ。新しい知見が出ても無視して、自分の経験だけに頼る医者がもしいたとして、それは間違いだと誰でも認めるだろう。
しかし近年はその「最新最良」が、別次元のものになったと感じる。昔なら学術論文として発表され、追試され、ある程度確かなものになってから教科書にも記載され、厚労省も認可する、そんなスピードだったと思う。その場合も、早い人はいくらでも早く取り入れることはできるが、確実性については劣ることになる。
ところが最近のように医療データベースを世界的規模で構築するようになると、まったく違う世界が発生する。仮説、実験デザイン、結果、問題点まで一挙に入手できる。
まず検索の前に疑問の定式化を行うことが推奨されている。
1.どのような患者で(Patient)
2.どのような介入が(Intervention)
3.何と比較して(Comparison)
4.どのような帰結をもたらすか(Outcome)
頭文字をつなげてPICOとなる。
次に文献検索をして、みつかった論文について「内的妥当性」の検討をする。ここで実験デザインの知識、統計学手法の知識が必要になる。たとえば、「複数のランダム化比較試験のシステマティック・レビュー/メタ分析による」が最も信頼性の高い情報と評価される。有名な話では、心筋梗塞後の抗不整脈投与が、実は患者さんの死亡率を高めていたと証明された事例がある(Cardiac Arrythmia Suppression Trial)。
ここから実際の診療の領域となり、「論文の外的妥当性」の評価に入る。この施設で、この患者さんの状態で、この家族を抱えながら、患者さんの人間観も考慮しつつ、どうするか、と検討する。
患者さんの精神世界に寄り添うことはNBM(Narrative-based Medicine)の領域とも考えられるが、現実に患者さんにどのような治療が最適化を考える時には、EBMにおいても不可欠なものと考えられている。
一方、医学教育の場面でも、教科書としてまとまったものを理解するだけではなくて、日々更新されるデータベースの中から真に意味のある情報を選び出す方法の教育こそ大切であると考えられている。

積極的リラクゼーション・テクニック
(1)自律訓練法との出会い。ある実習コースで、自律訓練法を教えてもらいました。それまで存在と理論は知っていましたが、自分から身につけようという考えはありませんでした。一回経験してみたら、なるほどいいかもしれないと思ったものです。しばらくは自分でトレーニングしたりはしなかったのですが、その後わたしも人並みにストレスに直面しました。そのときに自律訓練法でかなり救われました。合う人と合わない人がいるようですが、わたしの場合は合っていたと思うわけです。自分にそのような体験があるので、多分この人には向くだろうなと思う人にはお勧めしています。
(2)積極的リラクゼーションとは。リラックスしている状態といえば、寝ている状態や横になってテレビを眺めている場面を思い浮かべるでしょう。それも大切な時間です。しかし積極的リラクゼーションはそれとは違う、「もっとリラクゼーション」の状態を指します。聞いた話では、日本の古武道の構えは、なるべく脱力してどこにも余分な力をかけず、さまざまな攻撃に瞬時に対応できるようにするものだそうです。積極的筋肉弛緩状態ということで、類似点があるかもしれません。
 コムボールでたとえてみましょう。軟式テニスのボールを考えて下さい。ストレス状態とはボールが凹んでいる状態です。回復しようとするのですが、凹まされています。軟式ボールというよりは、アルミ缶ですね。元に戻りません。
寝ている時は凹みがない状態で、これはストレスのない状態です。凹みはなくてまん丸です。
ラクゼーション状態は少々のことでは凹まない、凹んでもすぐに元に戻る、復元力の高まった状態です。まん丸ですが、もっと生き生きしている感じです。赤ちゃんの肌みたいです。
(3)筋弛緩訓練。筋肉から脳へ。E・ジェイコブソンは全身の筋肉を順番にゆるめていく方法、つまり筋弛緩法を開発しました。東洋のヨーガや瞑想では、目的としては精神的解脱や悟りのためなのですが、身体的には「筋肉の緩んだ状態」を実現していたことが分かっています。結果として積極的筋肉弛緩状態、つまり積極的リラクゼーションを実現していました。
 人間はストレス・不安・緊張時には筋肉が緊張します。呼吸が浅くなり速くなります。脈拍が速くなります。それならば、この逆をやって、筋肉を緊張から解き放ち、ゆるめれば、呼吸をゆっくり深くすれば、脳の働きを変化させることができるのではないかと考えました。心臓の脈拍については一般の人はコントロールできませんが、達人はできるようです。身体を変化させれば、脳が変化ます。脳が変化すれば、自律神経系、内分泌系、免疫系を介して、全身に変化が起こります。
 自律訓練法などで筋弛緩・呼吸トレーニングをすれば、緊張緩和、疲労感減少、爽快感増大、ストレス耐性増強、交感神経抑制、副交感神経賦活、免疫能増大が起こります。しかも副作用は全くないのです。
(4)トレーニングの時間。一回のトレーニングの時間による効果の違いが分かっています。3分から5分のトレーニングでは緩む方向。(リラクゼーション)。10分から20分では元気が出てくる。頭の中がすっきりしてエネルギーがわいてくる。(アクティべーション)。このような違いがあります。また、一回短期効果と反復長期効果も異なることが分かっています。わたしたちの目的は、反復長期効果を実現することです。毎日続けてトレーニングするとストレスに強くなり、血圧が安定し、体質改善につながります。
(5)具体的な方法。具体的な方法は次のようです。短く言うと、「身体の形をを整え、呼吸を整え、心を整える」ことです。古い言葉では「調身、調息、調心」と言います。(a)正しく座る。どこにも余分な力が入っていない。(b)ゆっくりと、規則的に、吐く息を長く、呼吸を整える。(c)言葉、文章、祈り、筋肉運動の繰り返しなどに心を集中する。(d)雑念が浮かんできたらそのままやり過ごし、再び繰り返しの作業にもどり心を集中する。これだけです。自律訓練法では、呼吸を緩やかにしながら、心の焦点を、「両手が重い」「両手が熱い」などと順次変更していきます。段階がいくつもあるのですが、それは上級編で、初級者は熱感までで充分ではないでしょうか。自律訓練法では解除作業も大切です。
(6)もっと簡便な方法・呼吸集中法自律訓練法は誰かに教えてもらわないと難しいかもしれません。ここでは自分で簡単にできる簡便な方法をお伝えします。やはり「調身、調息、調心」が基本です。(a)横になるか、椅子に腰掛けます。楽な姿勢にして、体のどこにも余分な力が入っていない状態にします。余分な力を入れないということは、正しい自然な姿勢になるということです。海辺か森の中か、自分のリラックスできる情景をイメージして下さい。(b)ゆったりと腹式呼吸をします。深呼吸ほど深くはなく。とてもゆっくりと。(c)息を吸って、吐いて、吐く息を長めに、これで一回と数えます。10まで数えたら1に戻り、続けます。(d)どんどん呼吸だけに集中します。驚くくらい無念無想になります。(e)雑念が浮かぶけれど、放っておいて、また呼吸に心を集中させましょう。どんどん呼吸だけに集中できるようになります。呼吸している自分だけが存在するようになります。一日一回、10分間、行いましょう。3ヶ月から4ヶ月して、自分の心が平静であることに気付くでしょう。ストレスを感じた時にも、10分間だけこの呼吸法を行うことで、クールに対応できるようになります。自動車を停めて、少しのあいだ。電車に乗りながら少しの時間。睡眠前の10分間。自分なりに時間を決めて習慣化すればよいでしょう。
効果が実感できたら、周りの人に教えてあげましょう。心の平和な人が増えることは誰にとってもよいことだと思います。 合わない人自律訓練法はわたしたちの経験では、非暗示性の高い人には合いません。過呼吸に傾きがちの人も合いません。簡便な「呼吸集中法」は特に問題ないと思います。トレーニング中に次々に妄想がわいてきて圧倒される人は中止して下さい。 参考「リラクゼーション反応」ハーバート・ベンソン著、中尾、熊野、久保木訳、星和書店2001年

成年後見制度 adult guardianship
成年後見制度とは、高齢者認知症患者(アルツハイマー型、脳血管型など)、知的障害者精神障害者などの場合において、判断力が充分でない利用者が、たとえば不利な契約を結んで財産的不利益を被ることなどのないように、「保護者」が判断能力を補い、利用者の権利を擁護することを目的とした制度である。成年後見制度は法定後見制度と任意後見制度とから成り立っている。従来の「禁治産・準禁治産」を改めたものが「法定後見制度」であり、補助、保佐、後見がある。準禁治産が保佐、禁治産が後見にあたる。一方、自分自身の意思であらかじめ後見人を専任することができる制度を「任意後見制度」としている。
基本理念は「保護偏重」ではなく、「自立優先」である。「自己決定の尊重」「残存能力の活用」「ノーマライゼーション」を目指しつつ、同時に旧来の「本人の保護」も目指している。
(1)以前の制度と問題点
明治31年に発足した禁治産・準禁治産制度の問題点として、戸籍に禁治産・準禁治産と記載され、選挙権も剥奪されるなど、人権上の配慮が必要ではないかと指摘されていたことがあげられる。また精神鑑定に多大な時間・費用を要していたことも問題であった。現実には本人の利益を守るためではなくて、家族間の財産争いの道具とされた場合があった。
(2)新しい制度の要点
申し立てできるのは、利用者本人、配偶者、四親等内の親族である。申し立て時に、補助については本人承諾が必要、保佐・後見については本人承諾の必要はない。配偶者、親族なく、必要と認める時は市町村長が申し立てを行うことができる。
申し立て時には申立書、戸籍謄本、住民票、診断書が必要である。保佐、後見の場合には診断書とは別に精神鑑定が必要となる。
家庭裁判所は調査、査問を行い、保護者、監督人を選任する。利用者本人の財産や権利を守る人を保護者といい、保護者がきちんと保護者としての仕事をしているかチェックする人を監督人という。保護人、監督人について、補助においては補助人、補助監督人、保佐においては保佐人、保佐監督人、後見においては後見人、後見監督人と呼ぶ。任意後見制度においては、任意後見人、任意後見監督人と呼ぶ。
判断能力の程度によって分類し、精神上の障害により、判断能力不充分な人については補助、判断能力が著しく不充分な人については保佐、常に判断能力を欠く状態にある人については後見を適用する。
「不充分」「著しく不充分」「常に判断能力を欠く」の文言について、あいまいと感じるかもしれないが、症例・判例の蓄積があり、医学的判断と同時に、利用者の置かれた立場を全般的に考慮ることが前提であるから、これで充分な定義となっている。例を挙げると、重要な財産管理をひとりで行うには不安である場合は補助。重要な財産管理はできないが、日常の買い物はひとりでできる場合は保佐。日常の買い物もひとりではできない場合を後見。それぞれの場合に、同意権、取消権、代理権の及ぶ範囲が定められている。保佐は準禁治産に、後見は禁治産に相当する。
(3)統計数字
急激な高齢化に対応するため、2004年4月に新しい成年後見制度が介護保険制度と同時に施行され現在に至っている。2005年には心神喪失者等医療観察法施行が施行されている。介護保険が大いに利用されているのに比較して、成年後見制度は普及はまだ充分ではない。全件数、禁治産、準禁治産の順で1990年には2097、1531、566、1999年には3707、2960、747であった。十年間で1.8倍となっている。新制度開始後は全件数、後見、保佐、補助、任意の順に、2000年には9007、7451、884、621、51。2001年には15151、12746、1521、734、147。2002年には17086、14462、1627、805、192。
(4)簡単に言えば、昔は中年の統合失調症や精神発達遅滞の人で、財産問題や離婚問題が発生した時の制度だった。現代では老年期認知症における諸問題のための制度になってきている。地価が高騰し、子供達はバラバラに生活することが多くなった。この変化が大きい。民法精神保健福祉法の整合性が問題だとの指摘もある。

社会不安障害 Social anxiety disorder 不安性障害の中のひとつで、他人の前で恥をかく不安が中心の概念。社会恐怖とも呼ばれる。ここでいう社会Socialとは「人との交わり」のこと。対人恐怖の用語は日本で伝統的に用いられており、社会不安障害を含み、さらに精神病レベルの病態までを含む概念である。社会不安障害の治療はベンゾジアゼピン抗不安薬SSRIが有効である。回避性人格障害と重なる部分が大きく、社会不安障害の方がより深刻である。

ICD-10 WHOによる国際疾病分類(International Classification of Diseases)のことで,現在は第10版が用いられている.保健所・役所関係の人には大切である.一方,DSMは薬物の効果を検定する研究などで疾病を限定する場合に用いることが多い. (→DSM-IV)
アイデンティティ 心理的・社会的自己定義.自分が何者であるか,何に属し,社会の中でどんな役割を担っているか,などについての自覚.家族アイデンティティといえば,自分はどんな家族の一員であるかということについての意識と,そのような者として他人や社会にどのようにかかわるかについての意識.職業アイデンティティといえば,自分はどんな職業の人間であるかを意識し,さらにそのような役割の者として社会にかかわろうとする意識.性アイデンティティといえば,自分がどの性に属する人間であると考えているか,それによってどのように振る舞うのが適切かということ.こうした個々のアイデンティティを自己selfとして統合して考えるのが自己同一性である.例えば,自己同一性=鈴木一郎の子供+鈴木和子の夫+バッハが好き+一級建築家+ボランティア団体副代表+元ボート部+…….亡命や国際結婚でこれまで抱いていた自己同一性を捨て,新しい自己同一性を獲得する必要に迫られることがある.これを同一性危機identity crisisという.子供から大人になるとき,実家から婚家に嫁ぐとき,退職して別の身分になるときなどにはややマイルドな形で起こっている.昭和20年を境とした社会の変化は多くの人に同一性危機を強いたようである.昭和一桁後半から十年代生まれの人々が中年になってから自殺する例が数多いと報告された.敗戦に伴い価値観の大きな変化にさらされ,自己同一性危機を経験し,それに対して執着性格形成によって適応しようとし,中年に至ってうつ病を発症,その一部が自殺したとの解釈が提出されている.自己同一性を明確に自己決定できないために社会参加が滞る場合には同一性拡散identity diffusionと呼ぶ.この心理的・社会的自己定義の不能は現代青年を理解する鍵であるとエリクソンが提案した.自己同一性の自己決定を延期している期間をモラトリアム(猶予期間)という.
亜急性海綿状脳症 スクレイピーscrapie,ミンク脳症,パプアニューギニアのkuru,クロイツフェルト-ヤコブ病では,灰白質を中心に特徴的な海綿状態がみられる.つまり,脳実質の一部が脂肪組織に置き換わっており,全体としてスポンジのようになる.狂牛病で有名になった.
悪性発作性頭位眩暈 一定の頭位により誘発される中枢性のめまい発作.1分以上の持続がみられ,繰り返し誘発される.脳循環系疾患,腫瘍,小脳・脳幹の変性疾患などにみられる.内耳性の良性めまいと鑑別する必要がある.悪性と名付けられているが,悪性腫瘍を意味するものではない.中枢性を悪性,内耳性を良性と呼んでいるだけである.(→良性発作性頭位眩暈)
アゴラフォビア 本来の語義は,アゴラすなわち広場,街,マーケット,人混みの中などに行くことに対する恐怖症ということであるが,DSM診断でパニック障害の診断に際してアゴラフォビアがあるかどうかが問われる場合には,特定の場所や状況に関係した恐怖症があるかという意味である.その場合には閉所恐怖(エレベーター,電車,飛行機など)や外出恐怖(ひとりで街を歩けないなど)も含んだ概念に拡張して用いている.正確にいえば,「不安発作が起こったとき,助けがないか,安全な場所・状態に避難できないような場所や状況」を恐怖し回避することがアゴラフォビアである.その結果,外出できる場所が制限されたり,ひとりで外出できなくなったりする.実際の症例では,患者は具体的なそれぞれの場所について安全か危険かをはっきり区別しているようである.ある患者の例をあげよう.「自宅は安全,自宅まですぐに帰ってこられる場所なら安全,信号を渡った先はもし信号が赤ならすぐには帰ってこられないので危険.しかし横断歩道を渡りきったところにクリニックを見つけ,不安発作が起きたらそこに駆け込めばいいと発見したら,横断歩道の先もしばらくは安全.ひとりだと危険だが誰かと一緒なら安全.自宅にいるときも30分以上ひとりでいるのは危険.急行電車はしばらく停まらないから,不安発作が起こったときにすぐ降ろしてもらえず危険.各駅停車なら閉じ込められている時間が短いので我慢できるかもしれない.地下鉄は理由がわからないが危険.タクシーはすぐに停めてもらえるので安全.」 安全領域と危険領域がこのように区別されている.アゴラフォビアも広場恐怖,空間恐怖も内容をよく伝える名前ではないのでわかりにくい.
アダルトチルドレン アルコール依存症の親のもとで成人した子ども.親がアルコール症で,家族機能に欠損があったために,成人してから苦しんでいる人たち.親がアルコール症以外でも,薬物依存やギャンブル依存などで家族機能に欠損があった場合には同様のことが起こりうるので,ACOD: Adult children of dysfunctional family(機能欠損家族で成人した子ども)と呼ぶこともある.子供の頃から問題を起こさず症状も出さず,いい子として適応し,優等生といわれて周囲の人の支えとなるが,成人する頃に息切れを起こす.孤立感・孤独感,極端な自己評価の低さ,愛と同情の混同,怒りや批判へのおびえ,自分の感情に気づき表現する能力の欠如,自己肯定感のなさ,絶望的なまでの愛情と承認の欲求がみられる.さらに,自己非難,失敗することの恐怖,支配することの欲求,頑固さ,一貫性のなさがある.これらの特徴の中でもっとも本質的と思われるのは「自己承認への欲求」であり,「居場所がない」「生きていてもいいのだろうか」「この世に存在していてもいいのだろうか」などの言葉となる.「自分はACだからこんなに苦しいんだ」と気づいたときにはじめて救われる.アルコール依存症者,共依存の配偶者,ACの子どもの三者がセットになって病理を形成している.
アテトーゼ 筋緊張は亢進したままでゆっくりとくねる不随意の運動が顔面,頚部,上下肢などにみられる.遠位筋に優位といわれる.緊張すると出やすい.錐体外路症状のひとつ.
アニマル・アシステッド・セラピー 動物を使うことにより治療を促進する治療法.運動療法としての乗馬,情緒障害児童に対しての犬やイルカと遊ぶ治療法などが有名であり,そのほか老齢者や心筋梗塞患者についてもペットの有用性が確認されている.ペットそれ自体が患者の心理と身体を和らげたり元気を引き出したりする一方で,ペットを仲立ちとして治療者や他者との交流が円滑になる効果もある.ペットの病気に注意することが必要である.米国には動物性格判断士がいて動物の性格診断をして適切な動物を選ぶ.なおAAA: animal assisted activityは動物介在活動のことで動物やペットと触れ合うこと全般をさす.AATは治療目的のものをさす.
アパシー・シンドローム アパシーは一般には感情鈍麻や無感情を意味する語であるが,狭くはステューデント・アパシーなどの退却神経症をさす.留年している大学生,登校拒否者,職場拒否者などの分析で,本業からは退却するが,アルバイトや趣味には熱心になるケースが指摘されている.この選択的退却に注目し,退却神経症withdrawal neurosis, avoidant neurosis(ただし統合失調症うつ病は除外する必要がある)という語が作られた.アパシー・シンドローム病前性格として次のような特有の傾向が指摘されている.真面目,おとなしい,手のかからないいい子,礼儀正しい,頑固,強情,融通がきかない,強迫的,几帳面,完全主義,小心,攻撃性欠如,積極性欠如.自尊心が高いので敗北と屈辱を異常なほどに嫌がる.勝負する前に降りてしまうことがある.
甘いレモン 不本意な状況を自分に納得させるために,この状況も思ったほどは悪くない(レモンは酸っぱいと思ったが,思ったよりも甘かった)と考えようとする心理.例えば「この職場は絶対にいやだと思っていたが,実際には思ったより自分に合っていた」と考えて落ち着こうとする心の動き.防衛機制の一つで,すっぱいぶどうの逆.(→すっぱいぶどう)
甘え 土居健郎著「甘えの構造」で一般に有名になった.精神分析を背景とした考え方で,英米では受身的対象愛passive object loveや一次的愛primary loveの語をあてている.英米の日常語には対応する言葉がないのに,日本では一般になじみの深い「甘え」という言葉から,日本人のパーソナリティの特質を理解しようと土居は試みた.しかし甘えが臨床の用語として十分に一般化しているわけではない.
アメンチア 意識障害で,困惑と思考散乱が目立つもの.
アルコール幻覚症 アルコール中毒症者にみられる,幻聴を中心とする特有の幻覚状態.本質については(1)アルコール禁断症状の特殊型,(2)潜在していた統合失調症が顕在化したもの,(3)独立の器質性精神病,などの考え方がある.「殺される」などの被害的・迫害的な幻聴があり,自殺,自傷,遁走,放火,他害などの問題行動を引き起こすことがある.例えば自分の腕をノコギリで切るなど取り返しのつかない悲惨な行動を引き起こす可能性があることに注意する必要がある.大部分は数週内に治癒するが,一部は慢性の妄想状態に移行する.
アルコール症 急性と慢性に分けられる.若い人の「イッキのみ」などで起こるのが急性アルコール中毒で,死に至ることがある.急激なアルコール濃度の上昇は死の危険があることを広く常識とする必要がある.慢性アルコール中毒は,過量のアルコールを長期間飲み続けた結果,嗜癖・依存状態となったもので,肝障害,脳症,精神障害,末梢神経障害などを起こす.さらに家族を巻き込む(アダルトチルドレン共依存など)点で,問題の広がりは大きい.主婦のキッチンドリンカーなども問題となる.治療は断酒が第一であるが,結局,無理な場合も多い.環境調整,家族教育など多面的なアプローチが必要とされる.単にやめればよいといっても解決にはならない.やめられない理由を考えなければならない.心のすきまをアルコールで埋める習慣は日本には根強い.現在では昔ほどの深酒の習慣はなくなりつつあり,若者世代では覚醒剤や麻薬も代用となる.眠れないときに酒を飲む,他人が元気がないときには酒に誘う,とりあえず酒を介してうちとけるなど,社会に浸透している行動パターンがあり,アルコール症の誘因となっている.また最近,アルコール飲料コマーシャルはますます多くなりつつある.社会要因から目を転じて,個人の内面を考えるとき,ひとつの視点は喪失体験である.喪失体験からの立ち直りのプロセスがうまく完成せず,アルコール症に陥る場合がある.あらためて喪失体験を完成し,体験を消化吸収するように努力するとよい.喪失体験の自分にとっての意味が何であったかを探求することが中心課題となる.AAは匿名アルコール者の会Alcoholics Anonymousで,アルコール症からの立ち直りをめざす人たちが集まり,体験を共有し励まし合う会である.病院や保健所,精神保健センターなどで紹介を受けるとよい.アルコール性肝障害が早期に発現した場合にはアルコールを控えるようになるため,脳が決定的に侵されないうちにアルコールの悪影響が止むのではないかとの見解もある.逆に,肝臓が丈夫な大酒家はいきなり脳が侵される.(→アダルトチルドレン共依存,振戦せん妄)
アルコール症のチェックの仕方 CAGE questionnaireが有名である.(1)アルコールを減らそうと思ったことがある(Cut),(2)周りの人に飲酒についてあれこれいわれて困ったことがある(Annoyed),(3)飲酒について罪悪感がある(Guilty),(4)朝,目が覚めて,酒を飲みたいと思ったことがある(Eye-opener).
アルコール性肝障害 アルコールを飲んでいてまず心配なのは肝臓であろう.アルコールが原因となる肝障害としては,アルコール性脂肪肝から始まり,アルコール性肝線維症,アルコール性肝炎,アルコール性肝硬変と要注意の病気が並ぶ.そろそろ危ないかなと注意すべき目安としては,(1)清酒で3合以上(純アルコール量にして60グラム以上)を5年以上飲み続けているとき.(2)検診でγ-GTP高値,高脂血症,肝腫大,手指に震えがみられるとき,顔面の毛細血管が拡張しているときなど.
アルコール性嫉妬妄想 アルコールは性衝動を高めはするが,アルコール中毒症者ではインポテンスが少なくないため,結果的に性生活は不満足なものとなり,病的嫉妬に結びつくといわれてきた.学問的には,アルコール中毒が,嫉妬妄想にどのくらい直接に結びついているのかについて見解が分かれている.第一段階:アルコールにより脳が損傷され,全般に妄想に陥りやすい状態が準備される.第二段階:ここから嫉妬妄想になるか被害妄想になるか,その他の妄想になるか,それは状況が決めることで,アルコール中毒症者の場合,夫婦仲が悪くなる,経済的に行き詰まる,友人からも見放される,インポテンスになるなどの条件の中で嫉妬妄想が形成されるのであろう.このようにみてくれば,アルコール中毒症と妄想反応との二段階の病理として考えることにも理由がある.
アルコール性小脳変性症 慢性アルコール中毒にみられる小脳変性症.中年期以降に歩行障害で発症することが多い.初期ならば断酒,栄養改善,ビタミン補給,などで改善しうる.
アルコール精神病 アルコール依存症を基礎として発病する精神病.アルコール幻覚症,アルコール性嫉妬妄想,アルコール性ウェルニッケ-コルサコフ脳症,肝性脳症,アルコール性認知症離脱症状のひとつとして振戦せん妄(離脱せん妄),などが含まれる.このような状態になる頃には,家族関係も仕事関係も悪化しやすい.
アルコール性認知症 アルコール中毒症者の10%が認知症になるとのデータがある.アルコール中毒症者はビタミンB1欠乏でウェルニッケ-コルサコフ脳症になり,ニコチン酸欠乏でペラグラ脳症になり,肝障害に伴って肝性脳症を起こす.これらが広義のアルコール性認知症に含まれるが,このほかに,栄養障害や肝臓障害がなくても認知症を呈するものを狭義のアルコール性認知症と呼ぶ.記憶障害,判断力低下,感情鈍麻などがみられる.CTでは前頭葉を中心とする脳萎縮所見が確認されている.またアルコール中毒症者には特有の認識の甘さ,自己正当化,思考の貧困,感情変化などがみられ,認知症ほどではないが単なる性格変化よりも深い,器質性の変化を想定させる面もある.これらも前頭葉を中心とする脳萎縮所見と関連しているらしい.脳萎縮は断酒により改善傾向を示す.
アルコールと妊婦 妊娠中の飲酒によって胎児に知的発達の遅れを主とする障害(胎児性アルコール症候群)が生じることは,現在では世界的な常識である.精神・運動発達遅滞,記憶力低下,情動不安定,多動,注意散漫などが観察される.1日純アルコールにして60mL以上が危険量とされているが,「子供を望む母親は飲酒を中止すべき」と勧める専門家が多い.妊娠しそうなときや妊娠がわかったときはアルコールを控えるのが安全といえる.
アルコールと薬剤の相互作用 夜に薬を飲んでその上にアルコールを飲むのはいけませんかとの質問がしばしばある.「いけません」が答えであるが,理由は次の通りである.アルコールが肝臓で代謝・分解されるときには,肝臓にあるチトクロームP-450という酵素が必要であるが,P-450は同時に薬剤の代謝にも使われる.先にアルコールを飲んでから薬をのむと,まずアルコールの代謝のためにP-450は使われてしまい,薬の代謝が滞ってしまう.薬の分解が遅れると,強いままの作用がいつまでも残る.そこで薬の効き過ぎが起こる.逆に薬を先に飲んだ場合には,薬がP-450を使ってしまうので,アルコールの代謝が遅れる.酔いがいつまでも残ることになる.また,慢性飲酒の場合には普段から大量のアルコールを処理する必要があるのでP-450が増加している.その状態で薬を飲むと,大量のP-450は薬を速やかに分解してしまうので,通常量よりも多い薬剤がないと普通の効き目が現れない.したがってアルコール中毒症者には麻酔薬や精神科の薬が効きにくく,さめやすいことになる.手術を受けるときには注意する.(→P-450)
アルコールに強くなった人=アルコールのフラッシャーとフォーマー・フラッシャー アルコールの代謝に必要な酵素のひとつであるALDH2(アルコールデヒドロゲナーゼ2)が欠損していると,少量の飲酒で顔が真っ赤になる.このような人をフラッシャーflusherと呼ぶ.以前はフラッシャーだったが,鍛えて大酒家になった人はフォーマー・フラッシャーformer flusherと呼ぶ.最近,飲酒と咽頭癌,食道癌の関連が指摘され,ALDH2欠損者に危険が高いという.「酒を飲み始めて最初の数年はすぐ赤くなっていたが,次第に酒に強くなった」という人は,消化器癌に注意すべきである.アルコール依存者には消化器癌の発症の頻度が高いことも注目されている.食道癌など検診を受けるようにした方がよい.
アルコールの換算法 清酒1合,ビール大1本,ウイスキーダブル1杯,焼酎お湯割り1合,ワイングラス2杯,純アルコール19〜24グラム以上が同等で1単位(約20グラム)とする.1日3単位以上(つまりアルコール60グラム以上)を5年以上飲んでいる人は,そろそろアルコールの害に気をつける必要がある.
アルツハイマー神経原線維変化 アルツハイマー病で大脳皮質などに多発する微細線維集塊で,顕微鏡により確認できる.非認知症性老人脳でも海馬などに限局して少量出現することがある.変化の原因は不明.
アルツハイマー病 初老期から老年期にかけて発症する原因不明の器質性認知症である.神経細胞の減少,老人斑,アルツハイマー神経原線維変化,顆粒空胞変性が,脳内に広く,びまん性に多数出現する.症状は,記銘力低下,見当識障害,失語,失行,失認,行動異常,人格変化があり,進行性である.CTやMRIで脳室拡大,脳萎縮を観察できる.脳波では基礎律動の徐波化を認める.全経過は4〜6年といわれている.
α波の意義 居眠りするくらいリラックスしているときにはα波がたくさん出ている.現実的思考がどんどん進むときはβ波などの速波が優位になっている.しかしそれは同時に緊張状態でもある.リラクゼーションではα波がたくさん出るくらいの脱緊張状態をめざしている.この状態では豊かな空想がわき出やすい.
アレキシサイミア 感情は起きているのに,それを認知する作用が失われている.したがって,それを表出する作用も失われている状態.これを,認知はされているが表現が妨げられていると考える人もいる.また,認知されているが抑圧されて意識化されず,結局表現できないと考える人もいる.どれが正しいのかを決める方法はないように思われる.訳語としても,感情表出の障害として訳すものと,自己感情認知作用の障害として訳すものがある.前者はその理由には言及していない.後者は観察される症状としては結局,感情表出の障害となる.感情と知性の解離が起こり,何かを述べるときにも適切な感情が伴っていない.言語表出を阻止された感情は身体化されて症状となると考えられる.これが心身症の根本と考えられた時期もあったが,現在ではそのようには考えられていない.
安心  患者さんが自分の部屋ではよく眠れないが,知り合いの部屋やクリニックではぐっすり眠れるといっていた.不思議なものだ.自分を守るという点では自分の部屋で鍵をしっかりかけていれば最高のように思うが,そうではないらしい.他人がいた方が安心できるという.孤独が睡眠を奪っているのだろう.
安定剤 「先生,アイスクリームにも安定剤が入っているんですよ.びっくりしました.でも,よく考えてみたらわかったんです.食べるときに冷たくてびっくりするといけないから,気持ちを落ちつけるために安定剤が入っているんでしょうね.私はアイスクリームが好きでよく食べるから,処方してもらっている安定剤は少し減らしてもいいかも知れません.」
生きがい 人生の意味.人生の価値.生きる理由.生きがいを確実に感じている人は,精神的に強い.フランクルの「夜と霧」で描かれているところでは,「私はなぜ生きるか」がはっきりわかっている人は過酷な状況の中でも生きのびることができた.神経症の精神療法では生きがいに焦点を合わせることもしばしばある.
EQ 情緒指数または感情指数.自分の感情をコントロールする技能および対人交流の技能,さらには集団内での振る舞いについての技能の程度を示すとされる.IQが高くてもそれを十分に発揮するためには対人的な技能が必要な場合が多いのでEQも大切である.「EQこころの知能指数」(ダニエル・ゴールマン著)は読んで面白い本である.
意識障害 意識障害の特質に応じて,せん妄状態やもうろう状態などがある.幻覚妄想,認知症,夜間不穏などの際に意識障害の有無にまず注意すべきである.
意識障害の評価 意識の覚性vigilanceとは清明度のことで,刺激しても覚醒しなければ昏睡,刺激すれば覚醒する程度なら傾眠,刺激しなくても覚醒しているなら意識清明とする.意識障害を表現する言葉は微妙なので,3-3-9度方式での表現が役立つ.またグラスゴー・コーマ・スケールでは開眼・発語・運動機能の三分野の得点を合計して表現する.最高で15点,最低で3点,7点以下は昏睡で予後不良である.一方,清明度の障害とともに意識の変容がみられることがあり,もうろう状態twilight state,せん妄状態deliriumなどという.てんかん発作後の意識障害時にみられるもうろう状態では,意識障害があるにもかかわらず一見まとまりのある行動がみられる.せん妄は軽度の意識障害に幻覚妄想や興奮が加わった状態で,アルコール症の振戦せん妄や認知症の夜間せん妄などがある.
異常か正常か 「私の子供は病気でしょうか?」「私の妻は異常でしょうか?」このようないい方は結局,「私はまだ我慢しなければならないのでしょうか.辛いんです.」という訴えだと思う.本人も困っているが,家族も困っている.誰かが異常だとか病気だとかいってみても,それで悩みが解決するわけではない.医療としてお役に立てそうか,医療の他にはどんな手だてがありそうか,一緒に考える.家族全体の苦しみをケアしようとする態度が大事である.
異食症 通常食物としない物質を,持続的に摂取する症状.典型的には絵の具,糸,髪の毛,衣類などを食べる.発症は普通12〜24カ月で,発達遅滞児によくみられるが,食物であるかどうかを識別する能力の低下による場合と,周囲の者から無視されるなどの心理的な原因による場合とがある.
一次過程と二次過程 一次過程は無意識の心的活動の特徴をなし,夢において具体的な姿をとる.二次過程は意識的な思考の特徴をなし,思考において具体的な姿をとる.一次過程は現実への適応が低いので,抑圧される.イドは一次過程に従い,自我は二次過程に従う.通常状態では二次過程が一次過程をおおいかくしているが,精神病状態のときには一次過程が露出してしまい,妄想などの形をとる.
一次利得と二次利得 症状の一次利得は疾病内利得paranosic gainであり,不安と葛藤からの解放を症状がもたらすことである.二次利得は疾病外利得epinosic gainであり,他人に優しくさせるなど,他人に何かさせることによる実際的利益を症状がもたらすことである.例えばプロ野球のバッターが打撃不振で深く悩んでいたとする.その人が原因不明の運動麻痺におちいるとバッターボックスに立たなくてよくなる.これが一次利得.試合に出て荒れていた頃には優しくなかった妻が優しくしてくれて離婚話も消えたらこれが二次利得である.
一過性全健忘 中年以降に好発し,突然に前兆なく起こる.最近の記憶が消失する逆行健忘であり,数時間で回復することが多い.発作中も意識清明であり,日常生活動作には障害がない.発作中にも病感があり,どうして自分はここにいるのか,自分は何をしようとしているのか,と悩んだりする.後遺症を残さず全治する.
一過性脳虚血発作 一過性の脳虚血発作により脳局所症候が生じ,24時間以内に完全に回復する場合をいう.5〜15分程度で回復することが多い.微小塞栓,盗血現象(鎖骨下動脈でみられる),血管圧迫などが原因となる.内頚動脈と椎骨脳底動脈で症状が異なる.症状として多いのは軽い意識障害であり短時間のうちに回復する.しかし一過性脳虚血発作を繰り返しているうちに脳梗塞(脳軟化)が起こるので注意が必要である.海馬付近で虚血発作が起こると一過性全体健忘transient global amnesia(TGA)がみられる.中年以降に突然起こる後遺症のない前行性健忘で,逆行性健忘をも伴う.海馬が短期記憶の一時的プールであることを推定させる現象である.(→海馬)
一級症状 統合失調症の診断に際して第一級の重みを持つとしてシュナイダーがまとめたもの.思考化声,問答形式の幻声,自己の行為に随伴して口出しする形の幻声,身体へのさせられ体験,思考奪取やその他の思考領域でのさせられ体験,思考伝播,妄想知覚,感情や衝動や意志の領域に現れる,させられ体験があげられている.これらがみられて,身体的基礎疾患がみあたらないなら,臨床的に控え目に統合失調症と診断してよいとされる.
一酸化炭素中毒 古くは炭坑で,最近では都市ガス,炭火,練炭,自動車の排気ガス(自殺目的)などによるものが多い.COは酸素よりもヘモグロビンとの結合力が強く,CO中毒の状態では血液は末梢に酸素を運ぶことができなくなる.皮膚が鮮紅色を呈するのはCOの結合したヘモグロビンの色である.藤井稔(1960)は一酸化炭素中毒で淡蒼球が対称性におかされることを観察した.軽度の場合には頭痛,悪心,嘔吐などであるが,重度の場合は急性期には意識障害が,慢性期(後遺症)には健忘や錐体外路症状などの各種神経症状がみられる.ときに間欠型interval formを呈する.急性期の意識障害がいったん軽快した後に,無症状期が訪れ,1〜3週ののちに再び意識障害神経症状がみられるものである.
イメージ療法 例えば,T細胞が癌細胞を攻撃している様子を具体的に強くイメージすることによって,実際に癌細胞に対する生体の攻撃力を高める療法.また自分が再び元気になって生き生きと人生を生きている姿を具体的にイメージすることが自己治癒力を引き出す.神経系と免疫系の関連は神経免疫学でも盛んに研究されている.
イントラサイキックな時間  生育環境が良好ならば単細胞で充分に生きられるので,そのキノコは単細胞で生きる.環境が劣悪になると,多細胞となり大きなキノコとして生きる.その場合,個々の細胞は茎になったり根になったり傘になったりする.人間も同じで,環境が劣悪になると集団主義に傾く.そして個人は部品になる.生きるために自由を手放すのである.単細胞生物の心の病理は個体内病理=イントラサイキック病理である.個体の内部で病理は発生する.フロイトの時代の病理である.多細胞生物の心の病理は対人関係病理=インターパーソナル病理である.個体間の関係の病理であり,現代では心の病は主にここで起こる.逆に考えれば,現代はそれほどに人間が個体として生きられない時代になっているということである.コンピュータでたとえれば,コンピュータ内部の不調は個体内病理=イントラサイキック病理であり,モデムなどを介して他のコンピュータとつながる部分での不調は対人関係病理=インターパーソナル病理である.現代の病理はモデムの病理と要約することもできる.他人とうまくつながりあえないでいる.マスコミの発達は,人間を情報端末のようなものに変えてゆきつつある.しかしそれでは人間は情報の通過点になってしまう.人間の精神にはイントラサイキックな営みも大切である.内省の時間といってもいいだろう.どのネットともつながらずに,スタンドアローンでもくもくと内省を続けるコンピュータはイントラサイキックな時間を生きる.インターパーソナルな病理を癒すのは一方では集団精神療法であるが,一方ではイントラサイキックな時間である.
ウィルソン病 先天性銅代謝異常である.肝レンズ核変性症hepatolenticular degenerationとも呼ばれる.銅と結合するセルロプラスミンの合成不全が原因で,肝臓,角膜,脳などに銅が沈着する.錐体外路症状として振戦(羽ばたき振戦)や筋固縮が起こり,ほかにはカイザー-フライシャー角膜輪,肝硬変などがみられる.精神面では初期には抑制欠如,情緒不安定など,末期には知能低下などを呈する.レンズ核とは淡蒼球被殻のこと.
ウェクスラー成人知能検査 もっとも広く使用され,もっともよく標準化された知能検査.児童版はWISC,幼児版はWPPSIである.言語性IQ,動作性IQ,全IQが算出され,各下位検査間のばらつきが有用な情報となることもある.とくにテストをしなくてもしばらく一緒に遊んでいればほぼ正確に知能指数を把握できると専門家は語っている.
ウェルニッケ脳症 アルコール多飲に伴うビタミンB1(サイアミン)欠乏によるもので,眼筋麻痺,意識障害,運動失調が古典的三徴候である.路上に倒れていた原因不明の意識障害の患者がかつぎ込まれたときには,点滴にサイアミンを混ぜるようにすすめる指導医もいる.コルサコフ症候群に移行することも多いとされる.
迂遠思考 まわりくどい思考.診察室ではしばしば出会う.教科書にはてんかん患者などに典型と書かれているが,軽度の知能障害者にもみられ,その方が出会う頻度は高いようである.患者さんだけではなくて患者さんの家族にも観察される.とくにどの疾患に特徴的ということではない.診察室での迂遠な態度は治療への抵抗の場合もあり,またある種の性格障害の場合もあり,認知症患者の場合にもみられる.言葉の厳密な定義は「てんかん患者の粘着気質を背景とした場合の,話題の本質に関係のない枝葉ばかりが詳しく,袋小路をさまよい歩く思考様式」といったあたりであろうが,一般にはもうすこし広い意味で用いているようである.
打ち消し フロイトがあげた防衛機制のひとつ.不安や罪悪感のために隔離された情動を,さらに取り消すために償い行動がみられること.不安や罪悪感を伴う行動を,情動が伴わなくなるまで反復し続ける.例えば他人を攻撃したあとで,反対に非常に親切にしたりする.汚れたものを触ったあとで何度も手を洗う.これが洗浄強迫につながるといわれる.
うつ状態 躁状態の逆である.抑うつと同じ.精神症状としては,ゆううつ,悲しい,おっくう,やる気が出ない,頭が働かない,考えが堂々めぐり,集中困難,仕事の能率が落ちた,悪いことばかり考える,自分には価値がない,不安,イライラ,決断不能,自責ときに他責,怒りっぽい,死にたい,消えてなくなりたいなど.身体症状としては,不眠,食欲不振,性欲減退,頭痛,肩こり,その他多種の自律神経症状などがある.ときに貧困妄想,罪責妄想,心気妄想などの妄想を伴うことがある.簡単にまとめるときには,「ゆううつ,おっくう,不安・イライラ」が三大精神症状であるとする.躁うつ病にみられるのはもちろんであるが,統合失調症に際してもみられ,シュナイダーは統合失調症の二級症状としてあげている.また神経症レベルの状態にも,境界レベルの病態の際にもみられる.結局,症状そのものとしては疾患特異性のないものである.しかしうつ状態の中でも,シュナイダーが提唱したように,「生機(または生気)抑うつ」(vital depression, vitale Depression)は内因性うつ病に疾患特異性がある.生機的vitaleな抑うつは,ただ単に気分だけではなくて,体全体が抑うつに苦しんでいる印象で,胸がふさがり,心臓は押し潰されそうで,身体化された抑うつと表現すべきようなものである.ただ,このような特有のうつがあれば内因性うつ病を考えるが,なくても内因性うつ病のことは多い.
うつ状態抗うつ薬 うつ状態のときにはいろいろな身体症状が現れる.だるさ,眠気,頭痛,頭重,口渇,便秘などが代表的である.抗うつ薬を服用したときの副作用の代表はだるさ,眠気,ふらつき,口渇,便秘などであり,本来の症状と重なっているものがある.抗うつ薬の使いはじめには薬のせいでこれらの症状が重くなったと感じられることもあり,やや不愉快である.抗うつ薬はぐんぐんと元気を出し,眠気もとれて体がすっきりすると思うのは間違いで,もっとゆっくりと効力を発揮するものである.うつ状態が改善するのには本質的に時間が必要で,時間を待っている間に本来の自己治癒力が働き出す.それまでの時間を我慢しやすくするのが抗うつ薬の主な働きであると考えてよいだろう.抗うつ薬で気分をぱっと調整するなどという魔法のようなことができるわけではない.そんな気分があったらそれは,もうかなり治りかけのタイミングで抗うつ薬の服用を始めたということだろう.
うつ状態の患者さんへ (1) うつ状態は,がんばりすぎた後に,「ちょっと休息をください」と心と体が要求している状態です.専門的には,脳の神経伝達物質に軽度の異常が起こるのだろうと推定されています.寒いところにいれば風邪をひくように,ストレスを受けながらがんばりすぎた後に,うつ状態になります.風邪もうつ状態もどちらも病気で,休息が必要です.(2) 病気ですから,気合いを入れてもよくなるものではありません.逆にがんばればそれだけ心のエネルギーを使い果たすことになります.気持ちがたるんでいるからうつ状態になったのではなく,うつ状態になったから元気が出ないのです.必要なのは休息です.(3) 休息をとっていても,うつ状態はつらいものです.薬でそのつらさをやわらげましょう.薬が本格的に効き始めるまで,約2週間待って下さい.その後はとても楽になります.いろいろな薬があり,作用も副作用も違いますから,そのつど説明します.飲み合わせの心配などにもお答えします.疑問点は遠慮なくお尋ね下さい.約6カ月のあいだ薬を使います.その後は薬を使いません.(4) 完全に治り,もとの生活に戻るまでには3カ月から6カ月と考えて下さい.仕事はできれば1,2カ月程度は休むのがよいようです.診断書を提出して休みましょう.職場復帰にあたっては,仕事内容,職場,時間などの調整をします.例えば半日勤務で開始することなどを会社に要請することもあります.(5) 数カ月の間には軽い波があるのが普通です.途中で少し悪くなっても悲観しないことです.全体としてよい方向に向かっているのだから大丈夫だと考えましょう.(6) 命には別状はありません.後遺症もありません.遺伝もしません.ただ,自殺が心配です.自殺しないと約束しましょう.(7) 治療が終わるまで,仕事,学校,家庭での大きな決断はしないようにしましょう.退職,退学,離婚などの必要はありません.休職や休学でよいのです.体調が万全になってから,その先のことを考えましょう.いまは悲観的な考えしかわいてきません.(8) ご家族の方にも病気の説明をします.休養中に気分よく過ごせるように,ご家族に協力していただきましょう.(9) 治療が終わるまで,アルコールはがまんしましょう.(10) 休養中に居場所がないのが悩みとなります.自宅,図書館,喫茶店,公園などで時間を過ごすことになりますが,デイケアの利用が有効です.病気について理解を深めながら,この機会に人生を深めましょう.
うつ状態患者さんのご家族の方へ (1) 対応の仕方  脳の中で何かが起こっている病気です.「怠け病」や「気持ちの持ちよう」ではないので,ご本人を責めないで下さい.また,励ましの言葉や外に連れ出すことに対しても,患者さんは期待にこたえようと気をつかい,体力も消耗します.とにかくゆっくり休ませて下さい.飲みに連れていったりする人もいますが,今の時期にはお勧めできません.心が風邪をひいたと考えてください.十分な休養が一番の治療です.風邪をひいた人は無理をしないで寝ているのが一番です.それが本人の自己治癒力をひきだすのです.うつ状態も同じです.(2) 自殺  命に別状はありませんし,後遺症もありません.ただ,自殺は心配です.ご家族の方は十分に気を配ってあげてください.できればひとりにしないことです.(3) 職場や学校  3カ月から6カ月ですっかり元にもどります.必要に応じて診断書を提出して休職や休学もできます.しかしときに患者さんは退職,退学,離婚,財産処分などを急ぐことがあります.大きな決断をしようとしていたら,「まず元気になって,それからよく相談しても遅くない」と説得しましょう.事情を知らない人が,上のような決断について文面通りに受け取ってしまうことがあるかも知れませんので,ご家族の方が支援してあげてください.
うつ状態のチェック うつ状態の評価尺度としては,SDS(ツングZung自己評価うつ病尺度)などが有用である.これは20項目からなり,抑うつ気分,日内変動,涙もろさ,睡眠障害,食欲不振,性欲減退,体重減少,便秘,動悸,疲労感,困惑,意欲減退,精神運動興奮,絶望,焦燥,決断困難,自己過小評価,空虚感,自殺念慮,不満を患者自身がチェックする.性欲についてはいかにも翻訳調で問題があるように感じられる.日常の診察では,ほかにはハミルトンうつ状態評価尺度がある.これは観察者が記入するものである.また,笠原が外来診察に用いて有用であるとして紹介しているものがある.(1)朝いつもより早く目が覚める,(2)朝起きたとき陰気な気分がする,(3)朝いつものように新聞やテレビをみる気になれない,(4)服装や身だしなみにいつものように関心がない,(5)仕事に取りかかる気になかなかならない,(6)仕事に取りかかっても根気がない,(7)決断がなかなかつかない,(8)いつものように気軽に人に会う気にならない,(9)なんとなく不安でイライラする,(10)これから先やっていく自信がない,(11)「いっそのこと,この世から消えてしまいたい」と思うことがよくある,(12)テレビがいつものように面白くない,(13)淋しいので誰かにそばにいてほしい,と思うことがよくある,(14)涙ぐむことがよくある,(15)夕方になると気分がらくになる,(16)頭が重かったり痛んだりする,(17)性欲が最近はおちた,(18)食欲も最近おちている.また,診察室での簡便なチェックに「sig E caps」がある.うつにはEnergyのカプセルを処方しろと覚える.s: sleep(睡眠),i: interest(興味),g: guilty(罪悪感),e: energy(エネルギー),c: caution(注意力),a: appetite(食欲),p: psychomotor retardation(神精運動制止),s: suicidal idea(自殺念慮).
うつ病等価体 うつ病者の既往症の中で,胃潰瘍,十二指腸潰瘍,不眠,易疲労感などがみられたとき,それらをうつ病の症状と推定してよい場合があり,うつ病等価症状という.詳細な聞き取りが必要であるし,過去のことであるから不確実な推定にとどまるのであるが,病相を繰り返すうつ病の診断に役立つことがある.
うつ病の原因となる可能性のある身体病 診察に際しては以下の身体疾病の可能性を除外して後に,内因性または心因性うつ病の可能性を考える.全身感染症感冒から脳炎まで),甲状腺機能亢進症・低下症,副腎皮質機能亢進症・低下症,膵臓機能障害,代謝性疾患(ペラグラなど),中脳・間脳の異常,脳腫瘍・脳血管障害・脳変性疾患,産褥精神病,術後精神病(外科手術のあと),薬剤性(ステロイドなど)
うつ病病前性格 概して,循環気質:若年両極性うつ病,執着性格:中年単極性うつ病の傾向がある.
運動失調 多くの筋肉を協調して働かせることができなくなる状態.とくに,伸筋と屈筋の協調が失われる場合があげられる.手のひらを表裏とすばやく動かす運動や,人差し指を膝と鼻の間で往復させる運動によりテストする.
エアマットレス 褥瘡を防ぐために有効なマットレス.体圧の分散,湿度コントロールなどにより 褥瘡予防ができる.
ARISE 自我の統制下における自律的退行をさし,Kris, E.による.自我機能のある部分は退行するが,観察自我のような部分は退行せず,自我が一次過程的思考を自由に使用して,創造活動を行い,うっ積したエネルギーを解放したり,自我エネルギーを充填したりする.このような自我の前意識的自律性をARISEと呼んだ.分析療法では,治療者も患者もARISEの状態で退行し,治療的・共感的交流がなされることが大切である.治療的退行もしくは一時的・部分的退行と重なる概念.
A型行動パターン 勝ち気,短気,真面目すぎる性格の人は虚血性心疾患になりやすいと考えられ,A型行動パターンと呼ばれる.反対に大らかで競争的でない性格はB型行動パターンと呼ばれる.A型行動パターンは,心臓病専門医が虚血性心疾患の患者達の待合室での短気な行動特徴に気付き,研究を重ねた.その特徴はおおむね二面があり,(1)競争心が強い,決着をつけたがる,社会序列に敏感で上昇志向である,かっとなりやすい,攻撃的,のろまをみるといらいらする,能率を求める,スケジュールを詰めて入れる.(2)仕事熱心,勤勉,長時間働く,とされる.反対のB型行動パターンは,沈黙を苦にせず他人の話に耳を傾ける,敵意を持たない,時間に神経質でない,遊びを心から楽しめる,やむを得ないことにはあっさりと従う,行列待ちでイライラしないで他人を眺めていられる,瞑想する,他人の未熟さや純粋さを許すことができる,などの特徴がある.A型の人は成功への欲求が強いにもかかわらずB型の人よりも成功することが少ないともいわれ,しかも心臓を悪くする.だからB型のよいところを学ぶように勧められる.
A-Tスプリット → 境界型人格障害
Administrator-Therapist spilt
SCT 被験者に「わたしが好きなのは……」「ときどきわたしは……」などの不完全な文章を提示し,完成してもらう.数量化には適さないが性格傾向や問題のありかを広く浅く把握するのに適している.記入には時間がかかり心理的負担も少なくないが,面接時の話題の偏りを補う点で有用でもある.
エディプスコンプレックス 異性の親への愛着と同性の親への敵意,敵意が知られて処罰される不安などを要素とする考え方で,フロイトによる精神分析のひとつの頂点.男の子の成長に関するものを限定してエディプスコンプレックスと呼び,女の子の場合にはエレクトラコンプレックスと呼ぶ場合がある.フロイトによれば男根期に男の子は母が大好きで結婚したいと思う.さらには相姦を願望する.しかし父がいるからかなえられない.父に嫉妬し,その死を願う.そのまま母と仲良くしていると母は「おちんちんちょん切っちゃうわよ」などといって脅かす(去勢恐怖).もう父と争っても勝てないのだとあきらめて,敵意を抑圧し父と同一化する戦略をとる.潜伏期の始まりに抑圧は完了する.以上のような過程がうまく進行しないで,未解決のまま持ち越してしまうと,神経症の原因となるという考え方である.フロイトのこの考え方に対する現代の精神医学者の態度は様々である.万能薬のように大切にする人はもういない.エディプス王神話の概略を紹介しよう.テーバイの王ライウスは,「これから産まれてくる子はお前を殺すだろう」という神託を受ける.女王ヨカスタが男子を産んだとき,王は乳児を山麓に捨てて,死ぬにまかせるように命じた.羊飼いは乳児を発見して,ポリバス王に届け,王は子供を養子にした.歩けないようにアキレス腱を切断されていため,足が腫れていた.そこでエディプス(Oedipus)と名付けられた.Oediはedemaであり,腫れているの意,Pusは足のことである.青年となったエディプスはコリントを後にして旅に出る.たまたま十字路でライウスと出会い,道を譲れ譲らないで喧嘩となり,実の父であるライウスを殺害してしまう.次にエディプスはスフィンクスの所にやってきた.スフィンクスは旅人に謎を出し,解けない場合には殺していた.「朝は四つ足,昼には二本足,夜には三本足,これは何か.」この謎を「人」と見事に解いたところ,スフィンクスは屈辱から飛び降り自殺をした.テーバイの人々は感謝して,エディプスを王とし,彼をヨカスタと結婚させた.近親相姦は神を怒らせ,テーバイに悪疫が流行した.神託によれば,ライウス殺しが悪疫の原因と出て,エディプスは犯人を捜した.その結果,彼自身が殺人者であり,母と結婚している身であることがわかる.ヨカスタは首を吊って死に,エディプスは彼女のブローチで自分の目をついて盲目となる.こうした悲劇の淵源は,父ライウスの傲慢にあった.ライウスは,旅の間はペロプ王の保護を受けていた.ライウスがペロプの庶子を誘惑して同性愛的関係を持ったことから,この保護者は,自分の好意と親の誇りを踏みにじられたと怒り,復讐を決意し,呪いをかけた.ライウスが息子の手で殺され,そのベッドが息子に奪われるような運命が与えられた.
MAS 1953年にテイラー(J.A.Taylor)が作製した顕現的慢性不安の測定を目的とした質問紙法検査.質問項目はMMPI(ミネソタ多面人格目録)から抽出された50項目と,検査目的をあいまいにするためにつけ加えられた165の中性な意味の項目からなっている.日本ではさらに項目を少なくしたものが用いられ,日本版MMPIとも呼ばれる.被験者の一過性の精神状態を反映していると考えられる.
エレクトラ・コンプレックス 女の子が父を愛し,母を憎む気持ちを持つこと.ユングが記載した.ギリシャ悲劇「エレクトラ」または「供養する女たち」による.ミケナイの王アガメムノンは妻とその愛人に暗殺された.そのことを知ったアガメムノンの娘エレクトラは弟と協力し実の母を殺害する.エディプスコンプレックスの女性版といえる.ただし,エディプスコンプレックスは男女で区別することなく用いることも多い.「大きくなったらパパのお嫁さんになるの」と語る女の子は実際少なくない.
エンカウンター・グループ Tグループ(感受性訓練)やロジャーズのエンカウンター・グループが起源とされている.10人程度のグループで,1人か2人のファシリテーター(促進役)が加わり数日の合宿を行う.課題なしに自由に,または何かの課題について,話し合いつつグループ体験を深める.集団の中で防衛を解除してゆく.よい自己変容の感覚が生まれたときには有意義であるが,逆に急性精神障害の発病や心理的損傷がみられたりするので,導入の可否の判断には細心の注意が必要である.
遠隔記憶 昔から覚えている古い記憶.自分の生年月日,1年は365日など.認知証の場合の記憶障害は,主に近接記憶が失われるものであって,遠隔記憶は保たれることが多い.(→近接記憶)
演技性人格障害 クジャク(ピーコック)性格とも呼ばれる.派手好きで,人の注目を集めることを好み,芝居じみている.自分勝手かつわがままで,被暗示性が高い.人格は未熟.ヒステリーを起こしやすいのでヒステリー性格ともいう.
嚥下障害 食物を飲み込むことが困難になること.老年期認知症で嚥下障害がみられるようになると家庭での介護は限界に近い.
置き換え もともとの衝動を,社会的に受容されるものに変更すること.ペニスについての何らかの思考を突起物についての思考で置き換えることなど.
オリーブ核・橋・小脳萎縮症 脊髄小脳変性症の一型で,主に下オリーブ核,橋,小脳に強い変性を生じる.40〜50歳代に始まり,徐々に進行する.小脳症状として運動失調や構音障害がみられ,パーキンソン症状群のような錐体外路症状,自律神経症状,病的反射などが観察される.パーキンソン症候群が考えられる場合に鑑別が必要である.
音楽療法 音楽が精神的に作用をもつことは誰でも体験していることで,治療法としても有効であろうと推定することは容易である.しかしさらに一歩踏み込んで,どんなときにどんな音楽がよいのか,なぜよいのかという点になると,あいまいなままである.「気分に合わせて好きな音楽を聴きなさい」といえる程度である.特有の音の並び方が特定の脳内神経回路を刺激するとか,音の記憶が昔の心地よい記憶を再生するとか,メロディーかリズムかとか.また演奏することと鑑賞することとの違いなど.いろいろな話題は考えられるが,確かなことはあまりない.
海外渡航者の急性妄想反応 妄想のなかでも,現実に反しているが,状況に照らしてみれば,了解可能な例である.移民,捕虜,留学生などで生じる.環境を変えて治るのが原則である.治らない場合には,潜在していた統合失調症が顕在化したと解釈する.留学生が異国・異言語の孤独の中で被害妄想状態になったりするのは了解不可能ではない.
絵画療法 言語チャンネル以外の表現のひとつである絵画を利用した精神療法.レクリエーションの意味あいが強いものから,診断的意義が強いもの,治療関係を作る方法としてのもの,カタルシスを狙うもの,さらにはイメージの世界の再構成を狙うものまで,幅広い.具体的に紹介すると,(1)空間分割法.画用紙に線を引いて画面を分割し色を塗る.(2)なぐり描き法.スクリブルscribble法では,自由になぐり描きした線に色を付ける.スクイグルsquiggleでは治療者と患者が交互になぐり描きと色付けを行う.(3)バウム・テスト.木を描いてもらう.(4)人物画.グッドイナフ.人間の全身像を描く.(5)風景画法.TPH(木,人物,家)をセットで描くものや川,山,田,……と順次描く風景構成法がある.(6)家族画法.家族が何かしているところを描く.このなかでも風景構成法がとくに有用である.
解釈 言葉や態度の真の意味をくみとる作業.例:「一日中,人の悩みを聞いて頭がおかしくなりませんか」→自分の悩みはきちんと理解されているかというメッセージ.「結婚していますか」「子供がいますか」→夫婦のことがわかるのか,親の気持ちがわかるのかというメッセージ.「年はいくつですか」→十分な経験があるかどうか心配だというメッセージ.「心理学科に進みたい」「医者になりたい」→陽性転移.現実把握がすこし低下して,治療者を理想化していることがわかる.患者に解釈を伝えるときはタイミングが大事である.
外傷神経症 外傷後,自覚症状を裏付けるような器質的損傷が認められないのに,心気・不安・自律神経症状を呈するものをいう.背景に性格,生活状況,受傷状況などの要因がある.なかでも賠償が不十分であるとの不満が関係していると推定されるものを賠償神経症と呼ぶ.交通事故や労働災害,公害などで問題になる.外傷後ストレス症候群(PTSD)とは別.
海馬(かいば) 側頭葉の下内側にある海馬は短期記憶の一時的メモリーといわれている.アルツハイマー病では病気の初期から海馬が萎縮しており,短期記憶が障害される.海馬はギリシャローマ神話に出てくる上半身が馬,下半身がウナギのような姿をした怪物.海の神ポセイドンが乗り回していた.タツノオトシゴもhippocampusという.
灰白質脳症 灰白質に主病変が存在する病気を総称する言葉であるが,亜急性初老期灰白質脳症が歴史的に有名である.現在はクロイツフェルト-ヤコブ病のひとつととらえられている.灰白質には脳神経細胞の細胞体があり,白質は連絡線維の束である.
解離 意識の一部分が全体から分離され,あとで健忘がみられること.解離性ヒステリーの場合の解離である.二重人格の場合など.「分離」には文脈によってdissociation,isolation,splitting,separationなどの言葉が対応するので注意が必要である.
解離ヒステリー 本来ひとつであるはずの人格が,解離し複数になる障害.二重人格や多重人格がある.成熟の程度が違う各人格が交代して現れる.交代人格とも呼ぶ.どれかの人格が他の人格について知っているかどうかは,症例によって異なるようである.シュナイダーはお互いのことを知らないと記載している.全生活史健忘は名前や住所を含む全生活史を忘れてしまうものである.それら